東京地方裁判所 昭和63年(ワ)12066号 判決
原告
緒方靖夫
同
緒方周子
同
緒方サワ
右三名訴訟代理人弁護士
上田誠吉
同
小口克巳
同
鶴見祐策
同
小木和男
同
小林亮淳
同
小部正治
同
水口洋介
同
弓仲忠昭
同
鈴木亜英
同
森卓爾
同
中野直樹
同
飯田幸光
同
鈴木克昌
同
諌山博
同
松井繁明
同
大森鋼三郎
同
大森典子
原告ら訴訟復代理人弁護士
稲生義隆
同
大川隆司
被告
国
右代表者法務大臣
三ケ月章
右被告指定代理人
稲葉一人
外一二名
被告
神奈川県
右代表者知事
長洲一二
右被告訴訟代理人弁護士
福田恆二
右被告指定代理人
小林明
外八名
被告
甲野一郎
同
乙川二郎
同
丙沢三郎
同
丁海四郎
被告甲野一郎、同乙川二郎、同丙沢三郎、同丁海四郎、右四名訴訟代理人弁護士
新井弘治
同
八代宏
同
松本廸男
主文
一 被告国、同神奈川県、同甲野一郎、同乙川二郎及び同丁海四郎は、連帯して、
1 原告緒方靖夫に対して、金一一八万六一七五円
2 同緒方周子に対して、金五五万円
3 同緒方サワに対して、金三三万円
4 各原告に対して、右各金員に対する昭和六一年一一月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員
を支払え。
二 原告らの被告国、同神奈川県、同甲野一郎、同乙川二郎及び同丁海四郎に対するその余の請求並びに被告丙沢三郎に対する請求をいずれも棄却する。
三 原告らと被告国、同神奈川県、同甲野一郎、同乙川二郎及び同丁海四郎との間で生じた訴訟費用を一〇分し、その一を被告国、同神奈川県、同甲野一郎、同乙川二郎及び同丁海四郎の負担とし、原告らと被告国、同神奈川県、同甲野一郎、同乙川二郎及び同丁海四郎との間で生じたその余の訴訟費用並びに原告らと被告丙沢との間で生じた訴訟費用は原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
ただし、被告国、同神奈川県、同甲野一郎、同乙川二郎または同丁海四郎が、原告緒方靖夫につき金四〇万円、同緒方周子につき金二〇万円、同緒方サワにつき金一〇万円の担保を各供するときは、右各仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者が求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告緒方靖夫に対し、連帯して、金一一〇八万三七九二円及びこれに対する昭和六一年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告国は、原告緒方靖夫に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告緒方周子に対し、連帯して、金一一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告らは、原告緒方サワに対し、連帯して、金一一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
6 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告国の答弁)
1 原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
(被告神奈川県の答弁)
1 原告らの被告神奈川県に対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
(被告甲野一郎、同乙川二郎、同丙沢三郎及び同丁海四郎の答弁)
1 原告らの被告甲野一郎、同乙川二郎、同丙沢三郎及び同丁海四郎に対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者等
(一) 原告緒方靖夫(以下「原告靖夫」という。)は、日本共産党中央委員会幹部会委員・国際部長として、日本共産党の国際関係の事務を掌理しているものであり、原告緒方周子(以下「原告周子」という。)は同靖夫の妻として、原告緒方サワ(以下「原告サワ」という。)は同靖夫の実母として、東京都町田市玉川学園八丁目一八番二二号所在の自宅(以下「原告ら自宅」という。)において、ともに生活している。
(二) 被告国は、国家公安委員会の下に警察庁を置き、これを管理運営し(警察法四条一項、同五条二項、同一五条)、かつ都道府県警察に所属する警視正以上の階級にある警察官の俸給その他の給与、警衛及び警備に要する費用等を負担するものである(警察法三七条一項一号、同項七号)。
(三) 普通地方公共団体である被告神奈川県(以下「被告県」という。)は、神奈川県警察を置き、神奈川県公安委員会の下にこれを管理運営するものである(警察法三六条一項、同三八条一項、同条三項)。
(四) 被告甲野一郎、同乙川二郎、同丙沢三郎、同丁海四郎及び訴外戊山五郎(以下「被告甲野」、「被告乙川」、「被告丙沢」、「被告丁海」、「訴外戊山」という。なお、右被告ら四名を一括する場合もしくは特定を必要としない場合は「被告個人ら」と総称することがある。)は、昭和六〇年六月から翌年一一月までの間、いずれも神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の警察官(地方警察職員)として、警備情報の収集の職務に従事し、日本共産党関係の情報収集を担当していたものである。
なお、被告個人らの昭和六一年一一月当時の階級は、被告甲野は巡査部長、同乙川は巡査、同丙沢及び同丁海は警部補であった。
2 警察による組織的盗聴の計画・共謀
警察庁は、昭和六〇年四月四日付「赤旗」で原告靖夫が日本共産党国際部長に就任したことが報道された後、同年六月ころまでの間に、警察庁長官、同次長の承認のもと、同警備局長、同警備局公安第一課長らが、日本共産党に関する情報を収集するために、原告ら自宅の電話による通信(以下「原告方通話」という。)を密かに傍受(盗聴)することを企て、右計画に基づき神奈川県警察本部に対し、その実行方を指示した。
そして、警察庁警備局、同公安第一課、神奈川県警察本部警備部、同公安第一課が、警察の指揮系統に従いつつ、計画を協議具体化し、下部に伝達指導し、盗聴に必要な資金あるいは備品を調達し、被告個人ら及び訴外戊山を含む複数の警察官から構成された盗聴実行グループ(以下「盗聴実行グループ」という。)に職務命令を発して、原告方通話を盗聴させたものである。
3 盗聴行為の実行
盗聴実行グループは、昭和六〇年七月から翌年一一月までの間、原告ら自宅に設置された電話の通話内容を継続的に盗聴した(以下「本件盗聴」という。)。
本件盗聴に至る経緯及びその実行行為の具体的な態様は以下のとおりである。
(一) 盗聴実行グループは、昭和六〇年六月四日、神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の元警察官で、同年六月当時、株式会社C勤労部の労務管理担当社員であった訴外己田六郎(以下「訴外己田」という。)の住民票を海老名市役所から交付を受けた。
右住民票は、盗聴実行グループが本件盗聴実行の拠点として、東京都町田市玉川学園八丁目一五番一四号所在のアパート「メゾン玉川学園」二〇六号室(所有者小林伝一郎、以下「本件アパート」という。)を借り受けるにあたり、訴外己田を保証人に立てる必要から、入手したものである。
(二) 盗聴グループは、昭和六〇年六月一六日、原告ら自宅から百数十メートルのところに存在する本件アパートを本件盗聴実行の拠点として使用する目的で、賃借人を、被告丁海の長男であり、現に株式会社C社員の訴外丁海春夫名義と定めて賃借した。
(三) 盗聴実行グループは、昭和六〇年七月一日以降、本件アパートに出入りし、本件盗聴の準備行為として次のとおりの作業を行い、同所において、原告方通話を継続的に盗聴した。
(1) 本件アパートに、布団、電気冷蔵庫、扇風機、コタツ、タンス、机、ちゃぶ台などの家財道具とともに、テープレコーダー及びカセットテープ等盗聴に必要な機材を運び込んだ。
(2) 昭和六〇年七月三日、東京都民銀行玉川学園支店に丁海春夫名義で普通預金口座を開設し、本件アパートの家賃及び公共料金を口座振替手続きにより、同口座から支払った。
(3) 盗聴実行グループは、本件アパート前の電柱(電柱番号グランド南支二一)上の端子函内で、「ユ―五」に属する一〇〇本の電話回線の中から、原告ら自宅に繋がる電話回線(ユ―五―九五。以下「原告ら方電話回線」という。)を取り出したうえ、同じ端子函内にある「ユ―四」に属する一〇〇本の電話回線の中から、本件アパートに繋がる電話回線(ユ―四―四)を取り出して、これを切断し、原告ら方電話回線に接続した。
(4) 本件アパート内の回線に工作を加えるとともに、新たにコンセントの設置等を行い、これによって、同室内において原告ら方電話回線の通話を盗聴できる状態を作出した。
4 本件盗聴の発覚とその後の経緯
(一) 昭和六一年一一月二七日、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)の調査により、本件アパート前の端子函及び配線盤で異常が確認され、原告ら自宅の電話盗聴が発覚した。
(二) 警察の捜査拒否
(1) 同日午後二時ころ、NTT町田局長は、警視庁町田警察署長宛に右電話盗聴につき捜査を依頼した。
同日午後四時過ぎになって、漸く同署保安課主任癸野六郎巡査部長(以下「癸野」という。)が現場に到着したので、原告靖夫及びNTT職員は同人に対し、前記端子函の異常と配線盤で原告ら宅の電話が盗聴可能であることを説明し、有線電気通信法違反及び電気通信事業法違反の各犯罪の捜査と被害回復を要求した。
しかし、癸野は上司への電話報告の後、その指示を受け、原告靖夫らの本件アパートへの立ち入り等の捜査要求を拒否したのみならず、当初は警察官立会いでの右同室への入室を了解していた本件アパートの管理人の妻に対し、「二〇六号室の鍵を開けるな。」等の執拗な説諭を行い、真相究明への妨害工作をした。
結局、癸野は「犯罪があるとは認めない。」、「警察は静観する。」と言い残し、午後五時前には、原告靖夫らの捜査要求を拒否して前記犯罪を見逃したまま、現場から逃げるように立ち去った。
(2) やむなく、原告靖夫は、翌二八日、東京地方検察庁に対し、偽計業務妨害、有線電気通信法違反及び電気通信事業法違反の各犯罪につき、書面による告訴・告発をした。
他方、NTT町田局長は、同日、警視庁町田警察署(以下「町田署」という。)に口頭及び書面による告訴・告発をしたが受理されず、翌二九日に至り、漸く町田署は右告訴・告発を受理した。
(三) 証拠隠滅工作
(1) 警察は、本件盗聴発覚の一一月二七日以降、原告靖夫らの厳正捜査の要求を無視する一方で、町田署、警視庁及び警視庁のトップ並びに警備公安関係の各責任者に連絡を取り合い、事態の把握に努め、神奈川県警察本部所属の警察官関与の事実を察知するに至り、警察庁、警視庁、神奈川県警察本部及び町田署のトップ及び各警備公安関係責任者らは、共謀のうえ、警察関係者が誰よりも早く本件アパートに入り、本件盗聴が警察官によるものであることを示す証拠を隠滅することを画策した。
(2) 町田署は、右共謀に基づき、昭和六一年一二月一日午前九時四〇分ころ、原告靖夫らに告知することなく、本件アパートの「家宅捜索」に着手した。右着手の報を受けた原告靖夫が、直ちに現場に駆けつけ、被害者として捜索への立会いを要求したところ、別件捜査だとして右立会い要求は拒否された。
結局、本件アパート内の「家宅捜索」は、原告らはもちろん、管理人もNTT職員も立ち会うことなく、当時より犯罪の嫌疑を受けていた「警察」のみによって行われ、右室内または町田署内その他の場所で、録音テープの音声の消去を含む証拠の隠滅行為が強行された。
(四) 証拠保全の妨害
原告靖夫による民事訴訟法上の起訴前証拠保全手続申立に基づき、右同日午後四時三〇分ころ、東京地方裁判所八王子支部裁判官長久保尚善が本件アパートに到着し、検証を開始した。
しかし、証拠保全手続がメゾン玉川学園のガレージ横の配線盤と本件アパート内の検証に移る段階に至るや、裁判所の証拠保全手続が進行中であることを熟知していながら、町田署の現場責任者(防犯課長A警視、副署長B警視)らは、同室の鍵を保有し、警察の「捜索」の名目上の「立会人」(現実には室内の捜索に立ち会っていない)である本件アパートの管理人の妹で管理人代行者の小宮山悦子を、警察車両(マイクロバス)内に閉じ込める等の実力を行使して、証拠保全申立人代理人弁護士らが、右警察責任者らに右管理人代行者との接触を求めても、これを拒否したまま、右マイクロバスを強行発進させ、同女を現場から連れ去ってしまい、裁判所の証拠保全手続を妨害した。
(五) 盗聴実行グループの証拠隠滅と逃亡
(1) 神奈川県警察本部は、本件盗聴の発覚直後から、盗聴実行グループに属する警察官らを、本件アパートはもとより自宅にも帰さず姿をくらまさせ、組織ぐるみで関係者を一斉に世間から隔離し、そのうえ、前記盗聴実行グループの自宅付近を覆面パトカーで頻繁にパトロールして、マスコミ関係者が盗聴実行グループの家族から取材するのを監視し、妨害した。
(2) 訴外戊山は、東京地方検察庁特捜部の捜査の手が盗聴実行グループの身辺にまで及び、被告甲野及び同乙川の取り調べがなされた後の昭和六二年五月一五日に死亡した。訴外戊山は、盗聴事件の真相を握る焦点の人物の一人であるが、検察官による取り調べの近いことが予測されていた時期に突然死亡したものであって、直接の死因も死体発見過程も不明確なままその真相が隠蔽されている。死因とされている「脂肪肝」は医学的には直接の死因たりえないものである。
(六) 起訴猶予処分と裁判所・検察審査会の批判
(1) 本件盗聴事件につき、原告靖夫は、氏名不詳の警察官らを被疑者として、偽計業務妨害、有線電気通信法違反及び電気通信事業法違反の各犯罪に関する告訴を行ったほか、公務員職権濫用罪でも、追加告訴をした。
(2) しかるところ、東京地方検察庁は、昭和六二年八月四日、被告甲野及び同乙川について、電気通信事業法違反の犯罪(盗聴未遂罪)の成立を認定しつつ、①被疑者らに私欲・個人的動機がないこと、②責任者ではない組織の末端の者だけを起訴するのは酷であること、③警察当局の責任者が相応の懲戒処分と再発防止策を誓約していること等を理由に起訴猶予の、その余の犯罪並びにその他の被疑者につき、嫌疑不十分ないし嫌疑なしを理由とする各不起訴裁定を行った。
(3) 右不起訴処分を不服とする原告靖夫は、同年八月一〇日東京地方裁判所に付審判請求を、同年九月八日東京第一検察審査会に審査申立てを各行った。
その結果、東京第一検察審査会の昭和六三年四月二〇日付議決(同月二七日議決書作成)は、検察官の前記不起訴裁定に対し、被告甲野、同乙川及び同丁海の電気通信事業法違反について不起訴不当と断じた。
すなわち、右議決は、「証拠によると、この犯行は、神奈川県警の警察官が組織的に行っていたものと推測される」、「常識的に盗聴が成功したと見る方が自然」、「両名(被告乙川及び同甲野のこと)とも犯行後反省しているとは認められない」等と述べて、右両名の起訴猶予を不当とするとともに、被告丁海についても「共犯関係の成否」につき「捜査を尽くして欲しい」として不起訴不当と結論づけたのである。
(4) 付審判請求に対する東京地方裁判所刑事第一一部の昭和六三年三月七日付決定(昭和六二年(つ)第九号)及び東京高等裁判所第五刑事部の昭和六三年八月三日付抗告審決定(昭和六三年(く)第六二号)は、いずれも、本件盗聴が、①未遂ではなく既遂と推認できること、②職務として他の警察官と共謀のうえ行った組織的犯行であること、を各認定したうえ、③「電気通信事業法一〇四条所定の通信の秘密を侵す違法な行為で…法治国家として看過することのできない問題」(東京地裁決定)ないしは「電気通信事業法一〇四条に該当し、同条によって処断されるべきである」(東京高裁決定)と断じたのである。
ただし、両決定とも、付審判請求及び抗告自体については、公務員職権濫用罪には該当しないとの理由により、棄却の結論であった。
(七) 警察の居直りと無反省
(1) 以上の検察官の不起訴処分、裁判所の各決定及び検察審査会の議決は、いずれもマスコミの注目するところとなって、前記各理由の要旨も含めて大きく報道された。従って、盗聴実行グループに属する警察官はもちろん、警察全体としても、本件盗聴を素直に認めて原告らに謝罪して、反省の態度を示す機会はいくらでもあったのである。
しかるに、事件発覚後今日に至るまで、被告個人らの盗聴実行グループの誰一人からも、また、神奈川県警察や警察庁に属するいかなる警察官からも、原告ら被害者に対して、被害弁償の申出はおろか、一言の謝罪すら、直接・間接を問わず、なされていないのである。
かえって、被告個人らは、検察官や東京地裁の取調べに際し、上司の指示に基づき、黙秘(時には否認)の態度を取り続けるなど、謝罪するどころかいささかも反省の姿勢を示していない。
(2) 警察庁のトップである警察庁長官も、昭和六二年五月七日、参議院予算委員会において、本件盗聴に関連して、「警察におきましては過去においても現在においても電話盗聴ということは行っていない」(山田英雄長官)と居直る嘘の答弁をした。これは、当時東京地検特捜部の行っていた現職警官である被告個人らに対する取調べを牽制するとともに、被告個人ら盗聴実行グループや警察庁並びに神奈川県警察内の関係者に対し、警察内部からの盗聴を認める言動は許さず、証拠は隠滅せよとの大号令をかけたに等しいものであった。
なお、警察による組織的盗聴の事実を検察官が認定したうえで起訴猶予処分がなされた後も、山田長官の国会答弁等は、神奈川県警の内部調査では警察官の関与は確認されていないとの趣旨で一貫し、警察の組織的犯行を一切認めていない。
また、神奈川県警察菊岡平八郎本部長は、昭和六二年八月四日、東京地検が被告乙川と同甲野について起訴猶予処分にした後の記者会見で、「県警としては組織的に関与していない。」と発言する一方で、起訴猶予処分となった二名の警察官について、記者から「個人としてやったことか。」と質問されると、「そうだ。」と肯定し、その上で「二人がどのような考え方でやったか判然としない。」と答えた。
(3) 右起訴猶予処分に至る経過のなかで、検察庁と警察庁のトップ同士は、本件盗聴事件の後始末として、警察庁内人事異動を含む処分を行うことにより解決を図るべく協議の結果、次のような不明朗なヤミ交渉・ヤミ取り引きが行われた。
昭和六二年六月から七月にかけて、神奈川県警察本部中山好雄本部長の辞任、同吉原丈司警備部長の総務庁青少年対策本部への転出、警察庁三島健二郎警備局長の辞任、同小田垣祥一郎公安第一課長の警察共済組合への転出、同公安第一課堀貞行警視正の科学警察研究所への転出という、異例の人事異動が相次いだ。
右一連の人事につき、警察庁は、当初は、本件盗聴とは無関係との態度をとっていた(山田長官の国会答弁等)が、七月中旬には、不起訴への取引き材料として、その趣旨を修正・明確化することを迫られた。そこで七月中旬ころに、警察庁大堀警務局長から法務省岡村刑事局長の照会に答える形で、右人事は「現職警察官が盗聴に関与したということで取調べを受けるに至ったことを踏まえて」の「人事刷新」であるとの文書が法務省刑事局長宛に提出された。
また、七月末には、神奈川県警菊岡本部長は東京地検検事正宛に「本件について遺憾の意を表し、事件に関与した警察官に対しては相応の処分を行うとともに、再発防止に努める」旨の書面を提出した。
なお、このヤミ取引きについては、前検事総長の故伊藤栄樹が、その論稿のなかで、本件盗聴事件を「おとぎ話」にかこつけて取りあげている。それによれば、当時の「検察トップ」は、本件の盗聴につき、「継続的」に「警察トップ以下の指示ないし許可」のもとに行われていたものと把握しながら、「指揮系統を次第に遡って、次々と検挙してトップにまで至ろうとすれば、…警察全体が抵抗するだろう」、「その場合、検察は、警察に…必ず勝てるといえなさそうだ。勝てたとしても、…しこりが残り、治安維持上困った事態になる…」(朝日新聞昭和六三年六月一七日付朝刊「秋霜烈日・遺稿・伊藤栄樹の回想」連続三一回、単行本「検事総長の回想 秋霜烈日」一六五頁以下)と考え、「警察トップ」とのヤミ取引きで、警察に「反省」させ、幕引きを図ったことが告白されている。
(4) しかし、右ヤミ取引きによる決着後の経緯は、警察が本心から反省したものではなく、検察を欺いて不起訴処分を掠め取ったに等しいことを物語っている。
すなわち、神奈川県警察は、昭和六二年八月四日、自らの約束した「相応の処分」として、検察官の起訴猶予処分により「クロ」との判断が下された被告甲野及び同乙川について、公務員法上の懲戒処分では最も軽い「戒告」処分を、監督責任者としての県警警備部公安第一課庚村七郎には「訓戒」(公務員法上の根拠もない「戒告」よりも軽いもの)という極めて軽微な処分のみを行ったが、その懲戒処分は、現職の警察官が「取調べを受け、その結果起訴猶予処分を受けたこと」(警察庁大堀警務局長の同年九月三日参議院地方行政委員会における答弁)というのが理由であって、盗聴という犯罪行為を行ったこと自体が理由ではなかったのである。
(5) また、警察庁の再発防止策とは、警備局長による業務管理の徹底、指導教養の徹底、人事管理の徹底を内容とする一片の通達のみであって、その通達では「盗聴の禁止」には一言も触れていない。
右処分理由と通達の内容からすれば、結局、警察において、本件を「反省」して「再発防止」策をとったといっても、盗聴犯罪を犯したこと自体を反省したものでは毛頭なく、「その秘匿に失敗して露見させてしまったこと」を「反省」しているに過ぎない。つまり、「もっとうまく、国民や検察の目の届かぬところでやれ」と言っているものにほかならないのであって、反省の色が全くない。
(6) 結局、警察の右「反省」は、検察の不起訴処分を掠め取るための「芝居」に過ぎなかったのである。すなわち、警察の最高責任者であった山田英雄前警察庁長官は、検察のトップとの「手打ち」のために、盗聴関与の警察幹部を退職ないしは異動させ、自らも遅ればせながら昭和六三年一月二二日退職したが、ほとぼりの冷めたころを見はからって同年六月には、新設の警察庁顧問に就任した。この山田前長官に対する異例の厚遇は、警察組織全体の居直りと無反省を示して余りある。
(八) 以上のような本件盗聴発覚直後から今日に至る警察の対応は、本件被害者である原告らの被害感情を逆撫でするものであって、本件盗聴による原告らの精神的苦痛を倍加させた。
5 被告個人らの本件盗聴への関与
(一) 被告甲野について
(1) 被告甲野は、昭和一六年一一月三〇日、鹿児島県薩摩郡東郷町藤川に生まれ、鹿児島県立東郷高等学校を卒業後、昭和三六年四月に神奈川県警察の警察官として採用された。
(2) 同被告の本件盗聴事件への関与の態様は以下のとおりである。
イ 昭和六〇年六月四日、訴外己田の住民票の交付を海老名市役所に申請するため、住民票関係交付申請書に必要事項を記入して同市役所に提出、同市役所から同人の住民票の交付を受けた。
ロ 昭和六〇年七月一日以降、本件アパートに出入りし、同室内に次のような遺留物等を残置した。
① 被告甲野の名札のついた懐中電灯
② 被告甲野が同室に通う途中で購入した各種の朝刊・夕刊新聞、スポーツ新聞、週刊誌
③ 被告甲野が昭和六一年一〇月八日から同室内で定期購読を開始したサンケイ新聞の朝刊・夕刊
右サンケイ新聞の昭和六一年一一月一九日付夕刊紙面上には、被告甲野の指紋が遺留されている。
ハ 昭和六二年一月二〇日付読売新聞夕刊で被告甲野が己田の住民票を取っていた事実が報道された直後から、同年三月中旬ころまで、神奈川県秦野市所在の自宅に戻らず、所在を隠していた。
ニ 昭和六二年五月二〇日ころ、東京地方検察庁特別捜査部(以下「東京地検特捜部」という。)所属の検察官から、電気通信事業法違反等の被疑者として取り調べを受け、その際、検察官に一〇本の手指の指紋及び足紋を採取された。
ホ 神奈川県警察本部警務部警務課の内部調査に際しては、調査をした係官に対し、本件電話盗聴に関与したことを認める供述をした。
ヘ 昭和六二年一二月上旬、付審判請求を審理していた東京地方裁判所刑事第一一部から取り調べを受けた。
ト 昭和六三年四月二〇日付で東京第一検察審査会が不起訴不当の議決をした後、東京地検特捜部から取り調べを受けた。
(二) 被告乙川について
(1) 被告乙川は、広島県三次市に生まれ、神奈川大学を卒業後、神奈川県警察の警察官として採用された。
(2) 同被告の本件盗聴事件への関与の態様は以下のとおりである。
イ 昭和六〇年七月一日以降、アパートに出入りし、同室内に次のような遺留物等を残置した。
① 被告乙川の名前が記載されたズボン
② 被告乙川が居住していた神奈川県警小菅ケ谷公舎(横浜市栄区小菅ケ谷町一六八七番地)から一〇〇メートルくらいの距離にある渡辺畳店(横浜市戸塚区小菅ケ谷町一七七七番地)が配布したタオル
③ 被告乙川が同室に通う途中で購入した各種の朝刊・夕刊新聞、スポーツ新聞、週刊誌
④ 昭和六一年一〇月八日から同室内で定期購読を開始したサンケイ新聞の朝刊・夕刊
右サンケイ新聞の昭和六一年一一月六日付夕刊、同月一七日付夕刊及び同月二二日付夕刊の各紙面上には、被告乙川の指紋が遺留されている。
⑤ 同室在室中に、同室を訪ねてきた新聞販売店の店員に応対したことから、右店員に顔を目撃された。
ロ 本件アパートの賃借が開始された二日後の昭和六〇年七月三日、東京都民銀行玉川学園支店に赴き、金一〇〇〇円を預け入れて、「丁海春夫」名義の普通預金口座(口座番号〇三七四八二〇)を開設し、その際、家賃の自動振替の手続きをとった。
以来、同支店における入金・出金等の手続きの経緯は以下のとおりであるが、これらの手続きは、⑧を除き、被告乙川が同支店に赴き、伝票等に所定事項を記入して行ったものである。
① 同年七月二三日、金六万円を入金。
② 同年八月二一日、金八万〇〇九〇円を入金。
③ 同日、同口座から五円玉で四〇〇〇円を出金。
④ 同日、本件アパートの電気料金、ガス料金についての銀行口座自動振替依頼。
⑤ 同年九月二五日、金八万〇七五一円を入金。
⑥ 同年九月三〇日、水道料金の口座自動振替依頼。
⑦ 同年一〇月二二日、金八万円を入金。
⑧ 同年一二月一一日、東京都民銀行横浜支店において、金五万円を同口座に入金。
ハ 横浜市磯子区杉田一丁目一一番二八号所在の「静樹堂書店」において購入した角川文庫「戦国無頼」(井上靖著)を、本件アパートに持ち込んだ。また、右文庫本上に「昭、昭和」との文字を書き込んだ。
ニ 本件アパートの玄関ドア上部に設置されていた表札入れに、「丁海春夫」の名前を記入した紙を入れて表札とした。
ホ 昭和六二年五月七、八日の両日、東京地検特捜部所属の検察官から、電気通信事業法違反等の被疑者として取り調べを受けたが、「上司の命令でしたことだから、言えない。」と言って、すべて黙秘した。
同月一九日ころ、再度東京地検特捜部の取り調べを受け、その際、検察官に一〇本の手指の指紋及び足紋を採取された。
ヘ 神奈川県警察本部警務部警務課の内部調査に際しては、調査をした係官に対し、本件電話盗聴に関与したことを認める供述をした。
ト 昭和六二年一二月上旬、付審判請求を審理していた東京地方裁判所刑事第一一部から取り調べを受けた。
チ 昭和六三年四月二〇日付で東京第一検察審査会が不起訴不当の議決をした後、東京地検特捜部から取り調べを受けた。
(三) 被告丙沢について
(1) 被告丙沢の本件盗聴事件への関与の態様は以下のとおりである。
イ 本件盗聴実行を直接担当した数名の警察官のキャップ格であり、神奈川県警察本部警備部長ないし公安第一課長らの指揮・命令に従い、他の盗聴実行者を指揮するとともに、本件盗聴実行行為を行った。
ロ 本件盗聴行為の指揮、共謀ないし実行のため、昭和六〇年七月一日以降、本件アパートに出入りし、同室内にあった家具に指紋を残したほか、同室内に遺留されていた封筒にも指紋を残した。
ハ 本件盗聴事件の捜査のため、昭和六二年五月一九日ころ、東京地検特捜部において、被疑者として取り調べを受け、その際、検察官に一〇本の手指を指紋及び足紋を採取された。
ニ 本件盗聴事件発覚直後の昭和六一年一一月二八日ころ、被告丁海と急遽相談のうえ、横浜銀行横浜市庁出張所にある被告丁海個人名義の口座を解約することにした。その目的は、この口座の届け出印を隠すこと、さらに、この口座から盗聴のための資金が出し入れされた証拠を隠滅することであった。
ホ そして、昭和六一年一一月二八日、届け出印を持って横浜銀行横浜市庁出張所に出向き、右被告丁海個人名義口座の解約手続きを行った。
その際、被告丁海名義で普通預金払戻請求書を作成、口座残高である金二万九八七五円を受領、また、同じく被告丁海名義でキャッシュ・サービスカード喪失届出書を作成、同銀行に提出した。
その上で、同日、同出張所において、被告丁海名義の預金口座(口座番号七七八四〇五)を新規開設し、普通預金入金票に被告丁海名義で所定事項を記入のうえ、二万九〇〇〇円を預け入れた。
ヘ 昭和六一年一二月一七日、横浜銀行鶴見支店に出向き、新規開設したばかりの右被告丁海名義の預金口座を解約した。
(四) 被告丁海について
(1) 被告丁海は、昭和一五年二月九日、大分県大野郡緒方町に生まれ、高校卒業後、同県竹田市内の椎茸店に勤めたが、約二年で退職、昭和三六年九月に神奈川県警察の警察学校に入校した。
その後、昭和三七年九月一日付で神奈川県警察大岡警察署の外勤係として勤務し始めた。翌年大岡警察署の外勤係の無線自動車勤務となったが、このころ、訴外己田が神奈川県警察川崎警察署の外勤無線自動車勤務であったことから、両名は面識を持つようになった。
被告丁海は、昭和四二年に大岡警察署警備係となり、昭和四五年、同署同係において巡査長に昇格するとともに、神奈川県警察本部警備部公安第一課に配属された。
(2) 被告丁海の家族は、妻、長男(丁海春夫)及び長女である。長男も長女も高校を卒業後、Cに勤務している。
(3) 被告丁海の本件盗聴事件への関与の態様は以下のとおりである。
イ 本件盗聴実行グループの一員であり、その計画・共謀に加わり、少なくとも盗聴実行のために必要な拠点の設営・維持の行為を実際に担当した。
ロ 昭和五五年に公安第一課の課長補佐として、調査係第一の担当であった。
ハ 同年一二月一三日、横浜銀行横浜市庁出張所において、被告丁海個人名義を使用して普通預金口座(口座番号七〇八二二三)を開設した。
右預金口座は、被告丁海個人名義になってはいるが、実際は、公安第一課個人名義調査係の活動資金を保管するために設けたものであった。
同口座の届け出印は、本件アパートの賃貸借契約書作成に使用された「丁海」名下の印鑑と同一のものであり、右印鑑は、調査係で保管していた。
ニ 昭和五七年一〇月九日、右預金口座を利用するためキャッシュカードを作成し、その際、カード暗号届けの勤務先欄に「神奈川県警察本部、(電話)211―1211、内線3815」と記載した。
この電話番号は、公安第一課課長補佐調査第一の内線番号である。
ホ 昭和六〇年一〇月三日、普通預金払戻請求書に所定事項を記載のうえ、前記預金口座から金五〇〇万円を銀行預金小切手にて引き出している。
ヘ 都民銀行玉川学園支店の丁海春夫名義の総合口座(口座番号三一九〇三四)に送金手続を行っていた。
ト 昭和六一年、神奈川県警察本部警備部長、公安第一課の指揮・命令に従い、他の個人被告らと本件盗聴実行を企て、そのための拠点として、借主を長男の丁海春夫名義で、保証人を訴外己田の名義で、本件アパートを賃借することを計画した。
チ 昭和六一年一一月二七日に本件盗聴が発覚した直後から、所在を隠し、自宅の電話番号を変えた。
リ 本件盗聴発覚直後、被告丙沢と急遽相談のうえ、横浜銀行横浜市庁出張所にある被告丁海個人名義の口座を解約することにした。その目的は、この口座の届け出印を隠すこと、さらに、この口座から盗聴のための資金が出し入れされた証拠を隠滅することであった。
そして、前記(三)(1)ホ記載のとおり、被告丙沢は右個人名義口座の解約手続を実行した。
ヌ 本件盗聴事件の捜査のため、昭和六二年五月二〇日ころ、東京地検特捜部において、被疑者として取り調べを受け、その際、検察官に一〇本の手指の指紋及び足紋を採取された。
ル 昭和六三年四月二〇日付で東京第一検察審査会が不起訴不当の議決をした後、東京地検特捜部から取り調べを受けた。
6 被告らの責任について
(一) 被告個人らの不法行為責任
被告甲野、同乙川、同丙沢及び同丁海らは、警察庁警備局長、警察庁警備局公安第一課長らの計画・指揮に基づき、神奈川県警察本部警備部長、同公安第一課長らの指揮・命令に従い、同公安第一課所属のその他の盗聴実行者らと共謀のうえ、日本共産党に関する情報収集及び原告らの個人情報収集のため、原告方設置の電話による通話内容を盗聴する計画を具体化し、かつ、これを実行し、昭和六〇年七月から翌年一一月下旬ころまでの間、本件アパートにおいて、本件盗聴を実行し、もって、有線電気通信法一三条違反、電気通信事業法一〇四条一項違反及び公務員職権濫用罪(刑法一九三条)の各故意の犯罪行為を行い、原告らに後記損害を与えたものであって、民法七〇九条により右損害を賠償すべき不法行為責任を負う。
(二) 被告国の責任
(1) 被告国は、内閣総理大臣の所轄下に国家公安委員会を置き、国の公安に係る警察運営をつかさどり(警察法四条一項、同五条一項)、警察庁に警備局公安第一課を置き、その公権力を行使して、「警備情報の収集、整理その他警備情報に関する」事務を行っている(警察庁組織令一四条、同一五条)。
なお、警察庁は、不当にも右警備情報活動の対象として日本共産党を位置づけており、同党幹部に対する「盗聴」の如き特殊な情報活動は、警察庁警備局の直接の了解を必要とするものとされている。
(2) 被告国は、当時その公務員であった警察庁長官、同次長、同警備局長、同公安第一課長らが、国の公権力を行使して警備公安情報を収集するにあたり、日本共産党に対する違法な情報収集活動(盗聴行為をも含む)の具体的指示・共謀・企図・容認・奨励等の、職務を行うについての故意の不法行為によって、原告らに損害を与えたものであって、国家賠償法一条一項に基づき、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。
(3) 神奈川県警察本部長及び同警備部長は、警視正以上の階級にある一級職の国家公務員である(地方警務官、警察法五六条一項)。
被告国は、一般職の国家公務員(地方警務官)である神奈川県警察本部長及び同警備部長が、警察庁警備局の一般的指揮・監督のもとで、被告国の公権力の行使たる情報収集活動という職務を行うについて、前記違法な盗聴実行につき具体的指示・共謀・企図・容認・奨励をなすなどし、前記被告個人らの盗聴実行者に違法な盗聴行為を実行させるなどの故意の不法行為によって、原告らに損害を与えたものであって、国家賠償法一条一項に基づき、原告らの後記損害を賠償する責任がある。
(4) 被告国は、被告個人ら盗聴実行グループが、警察庁警備局の一般的指揮・監督のもとで、前記のとおり、被告国の公権力を行使して、情報収集活動の名の下に本件盗聴を実行するなどの故意の不法行為によって、原告らに損害を与えたことにつき、国家賠償法一条一項に基づき、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。
(5) 神奈川県警察本部長及び同警備部長はいずれも、警視正以上の階級にある警察官(一般職の国家公務員)であり、その俸給その他給与等の費用は被告国において負担しているものであるから、被告国は、神奈川県警察本部長及び同警備部長が、前記違法な盗聴実行につき具体的指示・共謀・企図・容認・奨励をなすなどし、前記被告個人らの盗聴実行者らに違法な盗聴行為を実行させるなどの故意の不法行為によって、原告らに損害を与えたことにつき、国家賠償法三条一項に基づき、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。
(三) 被告県の責任
(1) 被告県は、県知事の所轄下に県公安委員会を置き、県警察を管理し(警察法三八条一項、同条三項)、県警察本部に警備部公安第一課を置き、その公権力を行使して、警備情報の収集、整理等の「警備情報に関する」事務を行っている(神奈川県警察の組織に関する規則四条、同二九条)。
(2) 被告県は、県の監督及び県公安委員会の管理に服すべき公務員であった県警本部長、同警備部長、同公安第一課長らが、被告県の公権力の行使でもある情報収集活動という職務を行うについて、前記違法な盗聴実行につき具体的指示・共謀・企図・容認・奨励をなすなどし、前記被告個人らの盗聴実行者に違法な盗聴行為を実行させるなどの故意の不法行為によって、原告らに損害を与えたことにつき、国家賠償法一条一項に基づき、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。
(3) 被告県は、当時その公務員(地方警察職員)であった被告個人らを含む盗聴実行グループの警察官らが、被告県の公権力の行使でもある情報収集活動という職務を行うについて、前記違法な盗聴を共謀し、かつ実行するなどの故意の不法行為によって、原告らに損害を与えたことにつき、国家賠償法一条一項に基づき、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。
(4) 被告個人ら盗聴実行グループの警察官は、地方警察職員であり、その俸給その他の給与等の費用は被告県において負担しているものであるから、被告県は、国家賠償法三条一項に基づき、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。
7 検察官の違法な不起訴処分(被告国に対する関係のみ)
(一) 第一次不起訴処分
(1) 東京地検検察官岩村修弐は、昭和六二年八月四日、本件盗聴事件について、被告甲野及び同乙川に対しては、電気通信事業法違反について起訴猶予、有線電気通法違反について嫌疑不十分、公務員職権濫用罪について嫌疑なし、との裁定を行い、その余の被疑者についても不起訴の裁定を行った。
(2) 同日、同庁次席検事増井清彦は、原告靖夫及び告訴人代理人らに対して、口頭で不起訴理由を告知した
それによると、起訴猶予の理由は、①被疑者らに私欲・個人的動機があるとは言えないこと、②警察が相応の懲戒処分をすると約束していること、③警察の方で直接の上司や責任者を更迭し、いずれも警備活動と関係のないポストに移り、外から見ても左遷と見られる措置をとり、人心を一新・是正し、二度と同じことを起こさない旨を誓約している、④二人(被告甲野、同乙川)は本件の責任者ではない末端の人間であり、この二人だけの処罰は厳しすぎる、というものであった。
(3) 右の②の点については、神奈川県警察本部は、被告甲野及び同乙川に対し、地方公務員法二九条に基づく戒告処分を行った。
③の点については、責任者の更迭として、昭和六二年六月一二日に中山好雄神奈川県警察本部長が辞職、吉原丈司警備部長が転出し、同年七月四日に三島健二郎警察庁警備局長が辞職、小田垣祥一郎警察庁警備局公安第一課長が転出した。また、同月三一日付で本件盗聴の計画指導に深く関わった同課の堀貞行警視正も更迭された。そして、神奈川県警察本部長より東京地検検事正宛に「本件について遺憾の意を表し、事件に関与した警察官に相応の懲戒処分を行うとともに再発防止につとめる」旨の書面が提出された。更に、警察庁は、不起訴処分のあった同日である昭和六二年八月四日付で警備局長(新田勇)名の通達を発し、警察部内における、業務管理の徹底、指導教育の徹底及び人事管理の徹底を指示した。
(4) 本件盗聴事件を捜査した東京地検特捜部は、本件が警察の組織ぐるみの犯行であるうえ、犯行発覚後に警察が証拠隠滅工作を行ったことが明らかであり、しかも被疑者である被告甲野及び同乙川が東京地検の取り調べに対して黙秘し、事実を秘匿しつづけたにもかかわらず、強制捜査を敢えて行わなかった。
右は、真相究明の常道を尽くさないことによって、警察官による「盗聴」という権力犯罪の全貌が露顕するのを阻もうとしたものである。
その傍らで同庁は警察側と談合を重ね、その結果、前記の人事異動と内容空疎な前記の書面の提出と引き換えに、前記不起訴処分を強行したものである。
(5) 以上のように、検察庁の捜査は極めて不公正かつ不明瞭なものであり、前記不起訴処分の理由も極めて理不尽かつ非常識なものであった。
東京第一検察審査会は、昭和六三年四月二〇日(同月二七日議決書作成)、被告甲野、同乙川及び同丁海の電気通信事業法違反についての不起訴処分はいずれも不当であるとの議決を行い、右議決書正本は東京地検検事正に送付された。
右議決書の中では「事件は重大であり」、「警察官らの責任は重い」との指摘がなされ、被告甲野及び同乙川に対する起訴猶予には「納得できない」と記述されていた。
(二) 再度の不起訴処分
(1) 東京第一検察審査会の前記議決により、東京地検特捜部検察官樋渡利秋は、再捜査をすべき義務を負ったが、強制捜査等の当然尽くすべき手段を尽くさず、昭和六三年一二月一四日、再び不起訴処分を行い、東京地検は右不起訴処分の結果を発表した。
(2) 同日、原告靖夫は、本件の原告訴訟代理人上田誠吉らの立会の下に、松田昇東京地検特捜部長と堤守正副部長に面会した。
右席上、松田特捜部長は、昭和六一年一一月に被告甲野、同乙川らの警察官が盗聴の目的で本件アパートに立ち入ったことは認めながら、これらの警察官には「真摯な」「反省、悔悟」の態度が看取され、警察として再発防止に努めている旨を説明した。
これに対し、原告側から、警察官らは犯行を認めて「反省、悔悟」しているのかと問うたところ、松田特捜部長は、「答えられない」と述べた。
この応答は、被告甲野、同乙川ら警察官に何ら反省の実質がなく、不起訴にすべき理由が全くないことを告白するものであった。
(三) 検察官の不法行為
(1) 検察庁法は、検察官に対し、いかなる犯罪についても捜査する権能を認め(同法六条)、かつ、刑事について公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求する権限を定めている(同法四条)。それを受けて、刑事訴訟法二四七条は、公訴の提起を原則として検察官のみに行わせる「起訴独占主義」を採るとともに、同法二四八条は、検察官に処罰の要否を判断させ、犯罪の証明が十分であると思料される場合では、訴追を要しないと認めるときは公訴を提起しないことができる一応裁量権を認め、いわゆる「起訴便宜主義」を規定しているものである。
(2) ところで、現行法制の下では、他人の行為によって法益を侵害された私人が加害者に対して報復をしたり、制裁を加えたりして、その被害感情を満足させることは許されていない。そのような自力救済が容認されるならば、国家社会全体の秩序は崩壊に瀕するからである。
それ故に、自らの法益を侵害された私人は、代償として国家刑罰権の発動を求め、これによる正義の回復を求めるほかはない。
したがって、国家機関は、この私人の要求に答え、刑罰権を適正に行使すべき責務を負っている。
そうだとすると、被害者たる個人が、加害者に対する刑罰権の適正な行使を国家に要求し、その実現を期待する利益は、最大限に尊重されねばならず、この個人が国に対して要求し、期待することのできる利益は法的保護に値するものであり、国に対する国民の権利として認められるべきものである。
(3) 検察官は具体的な被疑事件の処理にあたって誠実に捜査を行い、公訴権を適正に行使すべき職責を負っているが、右職責は、当該事件の被害者に対する関係でも、その利益保護のために尽くさなければならない当然の義務ということができる。
いかに公訴権の行使が検察官の裁量に委ねられているとは言っても、その具体的処分が誰の目から見ても著しく不自然であり、明らかに合理的裁量の範囲を超えていると認められる場合には、被害者の前記権利を侵害する違法なものとの評価を免れず、国家賠償の対象となる不法行為を構成する。
(4) 本件の場合、原告靖夫は、昭和六一年一一月二八日(昭和六二年六月一〇日追加)、東京地検に対し、告訴・告発を行ったが、担当の検察官岩村修弐は、前記のとおり尽くすべき捜査を尽くさなかったばかりでなく、警察側といわば闇取引を行って、被疑者全員を不起訴処分とした。
この行為は、マスコミがこぞって非難したところであり、前記のとおり東京第一検察審査会も厳しく批判しているところである。
更に、その第一検察審査会による「不起訴不当」の議決にもかかわらず、担当の検察官樋渡利秋は、さしたる捜査もなく再び不起訴処分を行って、警察官による本件盗聴の免責を行った。
(5) 以上の措置は、明らかに不自然・不適正であり、合理的裁量権の範囲を著しく超えているばかりでなく、犯罪者を敢えて不問に付することによって、刑罰権の発動を求めた原告靖夫の権利を甚だしく侵害したものである。
よって、被告国は、右検察官の合理的裁量権の範囲を逸脱した違法な不起訴処分につき、国家賠償法一条一項に基づき、原告靖夫の後記損害を賠償すべき責任がある。
8 原告らの損害
(一) 慰謝料 原告ら一人につき各金一〇〇〇万円
(二) 臨時電話設置等の費用 原告靖夫につき金七万六一七五円
原告靖夫は、本件盗聴発覚後の昭和六一年一一月二八日より昭和六二年三月末日まで、盗聴による被害発生の継続を防ぐため、NTTに依頼して臨時電話を設置せざるを得なかった。
そのため、原告靖夫は、右臨時電話設置費用及び右期間内の基本料金として合計金七万六一七五円を支出したが、右費用は本件盗聴と相当因果関係のある損害である。
(三) 弁護士費用 原告靖夫につき金一〇〇万七六一七円
原告周子、原告サワにつき各金一〇〇万円
既述のとおり、今日まで、被告らは無反省に居直りつづけ、誰一人として原告らに謝罪した者もなく、原告らは誰からも被害弁償の申し出さえ受けていないのである。
やむなく、原告らは、その侵された権利と被った損害の回復を図るため、原告訴訟代理人らに委任して本件損害賠償請求訴訟を提起さぜるを得なかった。
したがって、本訴に関する弁護士費用(前記(一)及び(二)の合計額の一〇パーセントに相当する金額)も、本件盗聴と相当因果関係を有する損害である。
(四) 検察官の違法な不起訴処分による原告靖夫の損害(被告国に対する関係のみ)
原告靖夫は、前記7の検察官による処分結果に深く落胆させられると同時に強い憤激を覚えた。この精神的苦痛は慰謝料の方法で償われる以外には方法がないが、これを金額的に評価すれば金三〇〇万円を下回ることはない。
9 まとめ
よって、原告らは、被告ら各自に対し、原告靖夫につき金一一〇八万三七九二円、原告周子及びサワにつき各金一一〇〇万円並びに右各金員に対する本件不法行為の日より後の日であることが明らかな本件盗聴発覚の日である昭和六一年一一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
更に、原告靖夫は、被告国に対し、不起訴処分の違法を理由とする国家賠償請求として、慰謝料金三〇〇万円及びこれに対する再度の不起訴処分が行われた日である昭和六三年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
(被告国の認否)
1 請求原因1(一)記載の事実は不知。
同(二)及び(三)記載の各事実は概ね認める。
同(四)記載の事実のうち、被告個人らが具体的に担当していた職務については認否しないが、その余は認める。なお、神奈川県警察本部公安第一課の所掌事務の中には、日本共産党関係の情報収集が含まれる。
2 請求原因2記載の事実のうち、昭和六〇年四月四日付「赤旗」紙上に原告ら主張のような報道がなされたことは認めるが、その余は否認する。
3 請求原因3記載の事実のうち、訴外丁海春夫が被告丁海の長男であること及び訴外己田が神奈川県警察本部の警察官であったことは認めるが、その余は不知。
4 請求原因4(一)記載の事実は不知。
同(二)(1)記載の事実のうち、NTTから町田署に対し、原告靖夫方の電話につき盗聴の疑いがあるので所要の措置をとられたい旨の通報があった事実及び同署の警察官が現場へ赴いた事実は認めるが、真相究明への妨害工作をしたとの点は否認する。
同(二)(2)記載の事実のうち、原告靖夫が東京地方検察庁検察官宛に偽計業務妨害、有線電気通信法違反及び電気通信事業法違反で告訴・告発した事実及び町田電報電話局長が町田署に告発した事実は認めるが、その余は不知。
同(三)(1)記載の事実は否認する。
同(三)(2)記載の事実のうち、町田署が昭和六一年一二月一日に本件アパートの家宅捜索を実施したことは認めるが、原告靖夫の行動については不知、その余は否認する。
同(四)記載の事実のうち、原告ら主張の証拠保全手続が行われたことは認めるが、町田署の警察官が右証拠保全手続を妨害したとの点は否認する。
同(五)記載の事実のうち、訴外戊山が昭和六二年五月一五日脂肪肝により死亡した事実は認めるが、その余は否認する。
同(六)(1)記載の事実は認める。
同(六)(2)のうち、昭和六二年八月四日、東京地方検察庁が被告甲野及び同乙川について電気通信事業法違反につき起訴猶予としたこと、右起訴猶予の理由が原告主張のとおりであること、原告靖夫の告訴・告発にかかる犯罪につき嫌疑不十分ないし嫌疑なしで不起訴処分としたことは認めるが、その余は不知。ただし、東京地方検察庁検察官が、被告甲野及び同乙川につき起訴猶予処分を行う前提として、前記の被疑事件について公訴を提起し遂行するにたる嫌疑があると判断したことについては争わない。
同(六)(3)記載の事実のうち、原告靖夫が東京地方裁判所へ付審判請求をしたこと及び東京第一検察審査会への審査申立をしたこと、原告靖夫の付審判請求に対し、東京地方裁判所刑事第一一部が、昭和六三年三月七日、請求を棄却する決定をしたこと及び東京高等裁判所第五刑事部が、同年八月三日、原告靖夫の抗告を棄却する決定をしたことは認める。
同(六)(4)記載の事実のうち、東京第一検察審査会が、昭和六二年四月二〇日、被告甲野、同乙川及び同丁海に対する電気通信事業法違反について不起訴不当の議決をしたことは認める。
同(七)(1)記載の事実のうち、検察官の不起訴処分、裁判所の各決定及び検察審査会の議決がマスコミに報道された事実は認めるが、被告個人らの取り調べに際し、上司の指示があったことは否認する。
同(七)(2)記載の事実のうち、当時の警察庁長官山田英雄が、昭和六二年五月七日、参議院予算委員会において、「警察におきましては過去においても現在においても電話盗聴ということは行っていない」と答弁をしたこと、同長官の国会答弁は、神奈川県警察の内部調査では警察官の関与は確認されていないとの趣旨で一貫し、警察の組織的犯行であるということは一切認めていないこと、及び、神奈川県警察本部長菊岡平八郎が、起訴猶予後の記者会見で「県警は組織的に関与していない」と発言したことは認めるが、同本部長のその余の発言内容については不知。その余は否認する。
同(七)(3)記載の事実のうち、原告主張の内容の人事異動があった事実、警察庁から法務省刑事局長宛に「一連の人事は、神奈川県警の警察官が電気通信事業法違反として東京地検に取調べを受けるという遺憾な事態が生じたことを踏まえて、できるだけ早い機会に関係部門の人事を刷新し人心を一新する」ためのものである旨の書面を提出したこと、菊岡本部長から東京地検検事正宛に「一部の警察官が盗聴ということで問擬されたことについて遺憾の意を表明し」、「相応の懲戒処分を行うとともに」、「そういうことで再び疑惑を受けないように今後是正措置を講ずる」旨の書面を提出したこと、及び、朝日新聞昭和六三年六月一七日付朝刊に、よその国のおとぎ話として原告引用の論稿が掲載されたことは認めるが、その余は否認する。
同(七)(4)記載の事実のうち、菊岡神奈川県警察本部長が、被告甲野及び同乙川を地方公務員法上の懲戒処分である戒告に、県公安第一課長庚村七郎を訓戒にしたこと、大堀警務局長が、昭和六二年九月三日の参議院地方行政委員会で、「取り調べを受け、その結果起訴猶予処分を受けたこと自体が警察官としての信用を傷つけたものと判断いたしまして懲戒処分といたしたものでございます。」と答弁したこと、戒告の理由は右答弁のとおりであったこと、警察庁警備局長が、業務管理の徹底、指導教育の徹底、人事管理の徹底を内容とする通達を出したこと、及び、山田警察庁長官が昭和六三年一月二二日に退職し、同年六月から八月までの間、警察庁長官の諮問に応ずる同庁顧問を委嘱されていたことは認め、その余は否認する。
同(八)は争う。
5 請求原因5(1)記載の事実は認める。
同(一)(2)イないしハ記載の事実は不知。
同(一)(2)ニ記載の事実は認める。
同(一)(2)ホ記載の事実のうち、被告甲野が内部調査を受けことは認めるが、その余は不知。
同(一)(2)ヘ及びト記載の事実はいずれも認める。
同(二)(1)記載の事実は認める。
同(二)(2)イないしニ記載の事実は不知。
同(二)(2)ホのうち、被告乙川が「上司の命令でしたことだから、言えない。」と言って、すべて黙秘したとの事実は否認するが、その余は認める。
同(二)(2)ヘ記載の事実のうち、被告乙川が内部調査を受けたことは認めるが、その余は不知。
同(二)(2)ト及びチ記載の事実はいずれも認める。
同(三)(1)イ及びロ記載の事実はいずれも不知。
同(三)(1)ハ記載の事実は認める。
同(三)(1)ニないしヘ記載の事実は不知。
同(四)(1)のうち、被告丁海が、原告ら主張の日時・場所に生まれたこと、高校を卒業したこと及び神奈川県警の警察学校に入校にしたことは認めるが、その余は不知。
同(四)(2)記載の事実のうち、被告丁海の長男が丁海春夫であることは認めるが、その余は不知。
同(四)(3)イないしリ記載の事実は不知。
同(四)(3)ヌ及びル記載の事実はいずれも認める。
6 請求原因6(一)のうち、「警察庁警備局長、警察庁警備局公安第一課長らの計画・指揮に基づき」から「共謀のうえ」までは否認し、その余は不知。
同(二)(1)のうち、前段は認めるが、後段は否認する。
同(二)(2)記載の事実は否認し、主張は争う。
同(二)(3)のうち、神奈川県警察本部長及び同警察警備部長が、警視正以上の階級にある一般職の国家公務員であることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。
同(二)(4)記載の事実は否認し、主張は争う。
同(二)(5)のうち、神奈川県警察本部長及び同警察警備部長が、いずれも警視正以上の階級にある警察官(一般職の国家公務員)であり、その俸給その他の給与等の費用を被告国が負担していたことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。
7 請求原因7(一)(1)については、原告靖夫が被疑者氏名不詳者を偽計業務妨害罪、有線電気通信法違反、電気通信事業法違反の被疑事実で告訴・告発した事件及び被告被疑者氏名不詳の警察官を公務員職権濫用罪の被疑事実で告訴した事件につき、東京地検検察官岩村修弐が、昭和六二年八月四日、被告甲野及び同乙川に対しては、電気通信事業法違反について起訴猶予、有線電気通信法違反について嫌疑不十分、公務員職権濫用罪及び偽計業務妨害罪について嫌疑なしの裁定をし、その余の被疑者に対しても、いずれも不起訴の裁定をしたことは認める。
同(一)(2)のうち、被告甲野及び同乙川に対する起訴猶予の理由に対する認否は、請求原因4の(六)(2)に対し認否したとおりである。
同(一)(3)に対する認否は、請求原因4の(七)(3)及び(4)に対する認否と同様である。
同(一)(4)のうち、東京地検が、真相究明の常道を尽くさないことによって、警察官の盗聴という権力犯罪の全貌が露顕するのを阻もうとしたとの主張は争う。
同(一)(5)のうち、東京第一検察審査会が、昭和六三年四月二〇日、被告甲野、同乙川及び同丁海に対する電気通信事業法違反の不起訴処分につき、不起訴不当の議決をしたこと、右議決にかかる議決書の作成年月日が原告主張のとおりであること、右議決書謄本が東京地検検事正に送付されたことは、いずれも認めるが、東京地検の捜査が極めて不公正かつ不明瞭で、同庁検察官による不起訴裁定の理由も理不尽にして非常識であったとの主張は争う。
同(二)のうち、東京地検検察官樋渡利秋が、東京第一検察審査会によって不起訴不当とされた被告甲野、同乙川及び同丁海に対する電気通信事業法違反につき、昭和六三年一二月一四日、再度いずれも不起訴処分に付したことは認めるが、同検察官が当然に尽くすべき手段を講じなかったこと及び右各処分に不起訴とする理由が全くなかったとの主張は争う。
同(三)記載の主張は争う。
8 請求原因8(一)ないし(四)記載の事実はいずれも不知。
(被告県の認否)
1 請求原因1(一)記載の事実は不知。
同(二)のうち、被告国が内閣総理大臣の所轄の下に国家公安委員会を置いていること、国家公安委員会が警察法五条一項所定の任務を遂行するため、同条二項各号に掲げる事務について警察庁を管理していること、及び、被告国が都道府県警察に所属する警視正以上の階級にある警察官の俸給その他の給与並びに警衛及び警備に要する経費を負担していることは認める。
同(三)のうち、被告県は普通地方公共団体であり、神奈川県警察を置いていること、神奈川県知事の所轄の下に神奈川県公安委員会を置いていること、及び、神奈川県公安委員会が神奈川県警察を管理していることは認める。
同(四)記載の事実のうち、被告個人らが具体的に担当していた職務については認否しないが、その余は認める。なお、神奈川県警察本部公安第一課の所掌事務の中には、日本共産党関係の情報収集が含まれる。
2 請求原因2(一)記載の事実のうち、昭和六〇年四月四日付「赤旗」の報道内容については不知、その余は否認する。
3 請求原因3記載の事実のうち、訴外丁海春夫が被告丁海の長男であること及び訴外己田が神奈川県警察の元警察官であったことは認め、右両名の勤務先及び訴外己田の担当職務については不知、その余は否認する。
4 請求原因4(一)記載の事実は不知。
同(二)記載の真実のうち、原告靖夫が東京地方検察庁に偽計業務妨害、有線電気通信法違反及び電気通信事業法違反で告訴・告発した事実及びNTT町田電報電話局長が町田署に告発した事実は認めるが、その余は不知。
同(三)記載の事実のうち、町田署が昭和六一年一二月一日に本件アパートの家宅捜索を実施したことは認めるが、原告靖夫の行動については不知、その余は否認する。
同(四)記載の事実は不知。
同(五)記載の事実のうち、訴外戊山が、昭和六二年五月一五日脂肪肝により死亡した事実は認めるが、その余は否認する。
同(六)(1)記載の事実は認める。
同(六)(2)記載の事実のうち、昭和六二年八月四日、東京地方検察庁が被告甲野及び同乙川について電気通信事業法違反につき起訴猶予としたことは認めるが、その余は不知。
同(六)(3)記載の事実のうち、原告靖夫が東京地方裁判所に対し不審判請求をしたこと、原告靖夫が東京第一検察審査会に審査申立をしたこと、原告靖夫の付審判請求に対し、東京地方裁判所刑事第一一部が、昭和六三年三月七日、請求を棄却する決定をしたこと及び東京高等裁判所第五刑事部が、同年八月三日、原告靖夫の抗告を棄却する決定をしたことは認めるが、その余は不知。
同(六)(4)記載の事実のうち、東京第一検察審査会が、昭和六二年四月二〇日、被告甲野、同乙川及び同丁海に対する電気通信事業法違反について不起訴不当の議決をしたことは認める。
同(七)(1)記載の事実のうち、検察官の不起訴処分、裁判所の各決定及び検察審査会の議決がマスコミに報道された事実は認めるが、被告個人らの取り調べに際し、上司が指示をしたことは否認する。
同(七)(2)記載の事実のうち、当時の警察庁長官山田英雄が、昭和六二年五月七日、参議院予算委員会において、「警察におきましては過去においても現在においても電話盗聴ということは行っていない」との答弁をしたこと、同長官が、同年九月三日、参議院地方行政委員会において、「警察官の関与については、神奈川県警の内部調査において、その確認には至っていないという報告を受けている。」との趣旨の答弁をしたこと、及び神奈川県警察本部長菊岡平八郎が、起訴猶予後の記者会見で「県警は組織的に関与していない」と発言し、更に、被告乙川及び同甲野が電気通信事業法違反で起訴猶予処分となったことを踏まえて、仮に右両名が関与したとすれば、県警が組織として行ったことはないので、個人としての行為になるが、県警の調査では判然としないという趣旨を答えたことは認める。その余は否認する。
同(七)(3)記載の事実のうち、原告主張の内容の人事異動があった事実、警察庁から法務省刑事局長宛に「一連の人事は、神奈川県警の警察官が電気通信事業法違反として東京地検に取調べを受けるという遺憾な事態が生じたことを踏まえて、できるだけ早い機会に関係部門の人事を刷新し人心を一新する」ためのものである旨の文書を提出したこと、菊岡本部長から東京地検検事正宛に「一部の警察官が盗聴ということで問擬されたことについて遺憾の意を表明し」、「相応の懲戒処分を行うとともに」、「そういうことで、再び疑惑を受けないように、今後是正措置を講ずる」との趣旨の書面を提出したこと、及び、朝日新聞昭和六三年六月一七日付朝刊に、よその国のおとぎ話として原告引用の論稿が掲載されたことは認めるが、その余は否認する。
同(七)(4)記載の事実のうち、菊岡神奈川県警察本部長が、被告甲野及び同乙川を地方公務員法上の懲戒処分である戒告に、公安第一課長庚村七郎を訓戒にしたこと、大堀警務局長が、昭和六二年九月三日の参議院地方行政委員会で、「取り調べを受け、その結果起訴猶予処分を受けたこと自体が警察官としての信用を傷つけたものと判断いたしまして懲戒処分といたしましたのでございます。」と答弁したこと、戒告処分の理由は右答弁のとおりであったこと、警察庁警備局長が、業務管理の徹底、指導教育の徹底、人事管理の徹底を内容とする通達を出したこと、及び、山田警察庁長官が昭和六三年一月二二日に退職し、同年六月から八月までの間、警察庁長官の諮問に応ずる同庁顧問を委嘱されていたことは認め、その余は否認する。
同(八)は争う。
5 請求原因5(一)(1)記載の事実は認める。
同(一)(2)イないしハ記載の事実はいずれも否認する。
同(一)(2)ニのうち、被告甲野が、昭和六二年五月二〇日ころ、東京地検の検察官から電気通信事業法違反の被疑者として取り調べを受けたことは認めるが、その余は不知。
同(一)(2)ホ記載の事実のうち、被告甲野が内部調査を受けたことは認めるが、その余は否認する。
同(一)(2)ヘ及びト記載の事実はいずれも認める。
同(二)(1)記載の事実は認める。
同(二)(2)イないしニ記載の事実は否認する。ただし、被告乙川が、県警小菅ケ谷公舎(横浜市栄区小菅ケ谷町一六八七番地)に居住していたこと、及び、昭和六一年一二月六日当時、本件アパート内に、腰回りの部分に「乙川」と記載されたズボンがあったことは認める。
同(二)(2)ホのうち、被告乙川が、昭和六二年五月七、八日の両日及び同月一九日ころ、東京地検の検察官から電気通信事業法違反の被疑者として取り調べを受けたことは認めるが、その余は不知。
同(二)(2)ヘ記載の事実のうち、被告乙川が内部調査を受けたことは認めるが、その余は否認する。
同(二)(2)卜及びチ記載の事実はいずれも認める。
同(三)(1)イ及びロ記載の事実はいずれも否認する。
同(三)(1)ハのうち、被告丙沢が、昭和六二年五月一九日ころ、東京地検特捜部において取り調べを受けたことは認め、その余は不知。
同(三)(1)ニないし記載の事実のうち、被告丁海名義の預金口座が、原告ら主張のごとき目的で解約されたとの点は否認し、その余は不知。
同(四)(1)のうち、被告丁海が、昭和一五年二月九日、大分県大野郡緒方町で出生し、高校卒業後、竹田市内の商店に二年くらい勤務したこと、昭和三六年九月ころ、神奈川県警の警察学校に入校していたこと、昭和三七、三八年ころ、神奈川県大岡警察署に配属されており、昭和四五年に巡査長となったこと、神奈川県警察本部長公安第一課に配属され、今日に至っていること、及び、訴外己田が神奈川県川崎警察署に勤務していた時期があることは認めるが、被告丁海と訴外己田の面識の有無については不知。
同(四)(2)のうち、被告丁海の家族が、妻、長男の丁海春夫及び長女であることは認めるが、その余は不知。
同(四)(3)イ及びロ記載の事実はいずれも否認する。
同(四)(3)ハ記載の事実のうち、被告丁海が公安第一課の課長補佐として同課所定の職務を担当したとの点、及び、被告丁海名義の預金口座が原告ら主張のごとき目的で開設され、また、その印鑑が原告らの主張する書面の作成に利用され、調査係で保管されていたとの点は否認し、その余は不知。
同(四)(3)ニ及びホ記載の事実はいずれも不知。
同(四)(3)ヘないしチ記載の事実は否認する。
同(四)(3)リのうち、被告丁海名義の預金口座が、原告ら主張のごとき目的で解約されたとの点は否認し、その余は不知。
同(四)(3)ヌのうち、被告丁海が、昭和六二年五月二〇日ころ、東京地検特捜部において取り調べを受けたことは認め、その余は不知。
同(四)(3)ル記載の事実は認める。
6 請求原因6(三)のうち、事実は否認し、法的主張は争う。
7 請求原因8(一)ないし(三)記載の事実はいずれも不知。法的主張は争う。
(被告個人らの認否)
1 請求原因1(一)記載の事実は不知。
同(二)のうち、被告国が内閣総理大臣の所轄の下に国家公安委員会を置いていること、国家公安委員会が警察法五条一項所定の任務を遂行するため、同条二項各号に掲げる事務について警察庁を管理していること、及び、被告国が都道府県警察に所属する警視正以上の階級にある警察官の俸給その他の給与並びに警衛及び警備に要する経費を負担していることは認める。
同(三)のうち、被告県は普通地方公共団体であり、神奈川県警察を置いていること、神奈川県知事の所轄の下に神奈川県公安委員会を置いていること、及び、神奈川県公安委員会が神奈川県警察を管理していることは認める。
同(四)記載の事実のうち、被告個人らが具体的に担当していた職務については認否しないが、その余は認める。なお、神奈川県警察本部公安第一課の所掌事務の中には、日本共産党関係の情報収集が含まれる。
2 請求原因2記載の事実のうち、昭和六〇年四月四日付「赤旗」の報道内容については不知、その余は否認する。
3 請求原因3記載の事実のうち、訴外丁海春夫が株式会社Cの社員であり、被告丁海の長男であることは認め、訴外己田の経歴・職業に関する部分は不知。その余は否認する。
4 請求原因4(一)記載の事実は不知。
同(二)記載の事実のうち、原告靖夫が東京地方検察庁に偽計業務妨害、有線電気通信法違反及び電気通信事業法違反で告訴・告発した事実及びNTT町田電報電話局長が町田署に告発した事実は認めるが、その余は不知。
同(三)及び(四)記載の事実は不知。
同(五)記載の事実のうち、訴外戊山が昭和六二年五月一五日脂肪肝により死亡した事実は認めるが、その余は否認する。
同(六)(1)記載の事実は認める。
同(六)(2)記載の事実のうち昭和六二年八月四日、東京地方検察庁が被告甲野及び被告乙川について電気通信事業法違反につき起訴猶予としたことは認めるが、その余は不知。
同(六)(3)記載の事実のうち、原告靖夫が東京地方裁判所に対し不審判請求をしたこと、原告靖夫が東京第一検察審査会に審査申立をしたこと、原告靖夫の付審判請求に対し、東京地方裁判所刑事第一一部が、昭和六三年三月七日、請求を棄却する決定をしたこと及び東京高等裁判所第五刑事部が、同年八月三日、原告靖夫の抗告を棄却する決定をしたことは認める。
同(六)(4)記載の事実のうち、東京第一検察審査会が、昭和六二年四月二〇日、被告甲野、被告乙川及び被告丁海に対する電気通信事業法違反について不起訴不当の議決をしたことは認める。
同(七)(1)記載の事実のうち、検察官の不起訴処分、裁判所の各決定及び検察審査会の議決がマスコミに報道された事実、及び、被告個人らが、検察官や東京地裁の取り調べに対し、告訴・告発事実を認めなかったことは認めるが、被告個人らの否認が上司の指示に基づくものであるとの点は否認する。
同(七)(2)記載の事実のうち、神奈川県警察本部長菊岡平八郎が、起訴猶予後の記者会見で「県警は組織的に関与していない」と発言したことは認めるが、その余は不知。
同(七)(3)記載の事実のうち、原告主張の内容の人事異動があった事実は認めるが、その余は不知。
同(七)(4)記載の事実のうち、菊岡神奈川県警察本部長が、被告甲野及び被告乙川を地方公務員法上の懲戒処分である戒告に、公安第一課長庚村七郎を訓戒にしたこと、戒告処分の理由が、取り調べを受け、その結果起訴猶予処分を受けたこと自体が警察官としての信用を傷つけたというものであったこと、警察庁警備局長が、業務管理の徹底、指導教育の徹底、人事管理の徹底を内容とする通達を出したこと、及び、山田警察庁長官が昭和六三年一月二二日に退職したことは認め、警察庁大堀警務局長の国会答弁及び山田長官が警察庁顧問に就任したとの点は不知、その余は否認する。
同(八)は争う。
5 請求原因5(一)(1)記載の事実は認める。
同(一)(2)イないしハ記載の事実はいずれも否認する。
同(一)(2)ニについては、被告甲野は、同項記載の事実を認める。
被告乙川、同丙沢及び同丁海は、同甲野が、昭和六二年五月二〇日ころ、東京地検の検察官から電気通信事業法違反の被疑者として取り調べを受けたことは認めるが、その余は不知。
同(一)(2)ホ記載の事実のうち、被告甲野が内部調査を受けたことは認めるが、その余は否認する。
同(一)(2)ヘ及びト記載の事実はいずれも認める。
同(二)(1)記載の事実は認める。
同(二)(2)イないしニ記載の事実は否認する。ただし、被告乙川が、県警小菅ケ谷公舎(横浜市栄区小菅ケ谷町一六八七番地)に居住していたこと、及び、
昭和六一年一二月六日当時、本件アパート内に、腰回りの部分に「乙川」と記載されたズボンがあったことは認める。
同(二)(2)ホについて、被告乙川は、同人が、昭和六二年五月七、八日の両日及び同月一九日ころ、東京地検の検察官から電気通信事業法違反の被疑者として取り調べを受けたこと及び検察官に指紋及び足紋を採取されたことは認めるが、その余は否認する。
被告甲野、同丙沢及び同丁海は、同乙川が、昭和六二年五月七、八日の両日及び同月一九日ころ、東京地検の検察官から電気通信事業法違反の被疑者として取り調べを受けたことは認めるが、その余は不知。
同(二)(2)ヘ記載の事実のうち、被告乙川が内部調査を受けたことは認めるが、その余は否認する。
同(二)(2)ト及びチ記載の事実はいずれも認める。
同(三)(1)イ及びロ記載の事実は否認する。
同(三)(1)ハについて、被告丙沢は、同人が、昭和六二年五月一九日ころ、東京地検特捜部において取り調べを受けたこと並びに検察官に一〇本の手指の指紋及び足紋を採取されたことは認め、その余は右取り調べが被疑者としての取り調べであったという点を含め、否認する。
被告甲野、同乙川及び同丁海は、同丙沢が、昭和六二年五月一九日ころ、東京地検特捜部において取り調べを受けたことは認め、その余は不知。
同(三)(1)ニのうち、被告丁海名義の預金口座が、原告ら主張のごとき目的で解約されたとの点は否認する。
同(三)(1)ホ記載の事実については、被告丙沢及び同丁海は認め、同甲野及び同乙川は不知。
同(三)(1)ヘ記載の事実については、被告丙沢及び同丁海は否認し、同甲野及び同乙川は不知。
同(四)(1)のうち、被告丁海が、昭和一五年二月九日、大分県大野郡緒方町で出生し、高校卒業後、竹田市内の椎茸店に二年くらい勤めたが、二年くらいで退職したこと、神奈川県警の警察学校に入校し、その後、神奈川県大岡警察署に配属されたこと、同署勤務当時に階級が巡査長となったこと並びに神奈川県警察本部公安第一課に配属されたことは認めるが、訴外己田の勤務状況については不知。
被告丁海と訴外己田の面識の点については、被告丁海は否認し、同甲野、同乙川及び同丙沢は不知。
同(四)(2)記載の事実は認める。
同(四)(3)イ及びロ記載の事実はいずれも否認する。
同(四)(3)ハにつき、被告丁海は、第一文記載の事実は認めるが、その余は否認する。被告丙沢は、同丁海が横浜銀行横浜市庁出張所に同人名義の普通預金口座を開設したことは認めるが、右口座開設の年月日は不知、その余は否認する。被告甲野及び同乙川は、第一文記載の事実は不知、その余は否認する。
同(四)(3)ニにつき、被告丁海は、第一文記載の事実は認め、第二文に対しては認否しない。被告丙沢は、同丁海が前記預金口座にキャッシュ・サービスカードを作っていたことは認めるが、キャッシュ・サービスカード作成の年月日及び同カード作成の際に被告丁海が電話番号を記載した事実は不知、第二文に対しては認否しない。被告甲野及び同乙川は、第一文記載の事実は不知、第二文に対しては認否しない。
同(四)(3)ホにつき、被告丁海は同項記載の事実を認めるが、その余の被告は不知。
同(四)(3)ヘないしチ記載の事実はいずれも否認する。
同(四)(3)リにつき、被告丁海名義の預金口座が、原告ら主張のごとき目的で解約されたとの点は否認する。その余については前記5(三)(1)ホに対する認否と同様である。
同(四)(3)ヌについて、被告丁海は、同人が、昭和六二年五月一九日ころ、東京地検特捜部において取り調べを受けたこと並びに検察官に一〇本の手指の指紋及び足紋を採取されたことは認め、その余は右取り調べが被疑者としての取り調べであったという点を含め、否認する。
被告甲野、同乙川及び同丙沢は、同丁海が、昭和六二年五月一九日ころ、東京地検特捜部において取り調べを受けたことは認め、その余は不知。
同(四)(3)ル記載の事実は認める。
6 請求原因6(一)のうち、事実は否認し、法的主張は争う。
7 請求原因8(一)ないし(三)記載の事実はいずれも不知。法的主張は争う。
三 被告らの主張
(被告国の主張)
1 請求原因1ないし6に対して
(一) 原告ら主張のうち警察庁職員の不法行為を理由とする部分については、対象となる各不法行為の具体的態様が特定されておらず、主張自体失当である。
(二) 原告ら主張のうち、神奈川県警察の地方警務官(国家公務員)の不法行為を理由に国家賠償法一条一項の適用を主張する部分については、地方警務官の職務行為は国としての事務でなく各地方自治体の事務に該たると解すべきであるから失当である。
また、国家賠償法一条一項及び三条一項を理由とする部分についても、対象となる不法行為の具体的態様が特定されていないから、やはり主張自体失当である。
(三) 原告らは地方警務官の地位にない神奈川県の地方警察職員の不法行為についても被告国に賠償責任がある旨を主張するようであるが、
(1) 都道府県の警察事務は都道府県の事務と解されるから、地方警察職員は「国の公権力を行使する公務員」に該当するものではないので、原告らの主張は失当である。
(2) また、原告らは、警察法三七条一項が「被告国は…警衛及び警備に要する経費等を支出する」旨を定めていることを根拠に、国が都道府県警察の事務についての「費用負担者」(国家賠償法三条一項)に該当するとの主張を展開しているとも解されるが、同条にいう「費用負担者」とは、「俸給・給与」という人件費を負担する場合及びこれに準ずる組織運営上の基本的費用を負担する場合に限定されると解するべきであり、本件は右に該当しないから、やはり原告らの主張は失当である。
2 請求原因7に対して
(一) 国家賠償法一条一項は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであるところ、検察官は専ら公益の維持を図る観点から公訴権の行使の有無を決すべきであり、公訴権の行使につき個々の国民に対する職務上の法的義務を負わないから、不起訴処分については同項にいう違法の問題を生じる余地はない。
このことは、本件不起訴処分についても何ら異なるものではないから、原告靖夫の本件不起訴処分の違法を理由とする請求は失当である。
(二) 検察官の公訴権の行使は国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであり、右権限行使の結果、被害者等が何らかの利益を受けることがあったとしても、右利益はもとより法律より保護された利益ないし法的保護に値する利益ではなく、反射的に生ずる事実上の利益に過ぎないものと解される。
したがって、原告靖夫は、本件不起訴処分によって法律上保護された利益ないし法的保護に値する利益の侵害を受けたものではなから、同原告に損害の発生はなく、この点からも不起訴処分の違法を理由とする同原告の請求は失当である。
(被告県の主張)
神奈川県警察が被告個人らに対し本件盗聴を指示した事実はない。
(被告個人らの主張)
公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国または地方公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないものと解すべきであるから、本件において、仮に、原告ら主張にかかる事実が存在したとすれば、被告個人らの所属する普通公共団体である被告県が原告らに対して賠償の責に任ずることとなるものであって、被告個人らは賠償の責を負わないと言うべきである。
したがって、原告らの被告個人らに対する請求は失当である。
四 被告らの主張に対する原告らの認否
被告らの法的主張はすべて争う。
五 被告個人らの主張に対する原告の反論
1 そもそも、国家賠償法一条一項に該当する場合でも、公務員個人の民事不法行為責任が否定されるべき理由は何ら存しないが、仮に、国または公共団体について国家賠償上の責任が成立する場合には公務員個人の責任が否定されるべき場合があるとしても、それは、(軽)過失による不法行為の場合に限るべきであり、少なくとも「故意または重過失」による不法行為の場合には個人責任を否定すべきでない。
2 右のように解すべき根拠は以下のとおりである。
(一) 国家賠償法が適用される場合に公務員個人の責任が否定されるかどうかについては、国家賠償法上、明文の規定がないこと。
(二) 他方、民法では、機関個人または被用者自身の被害者に対する直接責任を認めており、公務員の場合にのみ、特に優遇する必要性も合理的理由が認められないこと。
(三) 国家賠償制度は、公務員の職権濫用に対する主権者たる国民による個別的な監督作用にとって極めて有効な手段であり、被害者による加害公務員に対する直接の損害賠償請求は、右の観点から尊重されるべきであること。
(四) 被害者が公務員個人に対して賠償を求めることは、被害者の被害感情の発露として至極もっともなことであり、右の観点から、経済的充足だけでは充たされない被害者の被害感情を重視すべきこと。
(五) 加害公務員に「故意または重過失」のある場合については、国家賠償法一条二項により、国または公共団体の当該公務員に対する求償権が認められていること。
(六) 国家賠償法六条が相互主義を定めている結果、公務員の不法行為について、国家賠償を請求し得ない外国人被害者が存在することを認める結果となっているが、右の場合、右外国人被害者は公務員個人の責任を追及できるものと解されること。
3 とりわけ、本件は、公務員が「盗聴」という犯罪にも該たるべき行為を故意に犯した事案であり、被害感情を満足させるべき要請は大きい。
他方、上司の命令や組織の規律維持の必要性といった弁解も、本件のごとき明白な違法行為に関しては、命令を受けた公務員において上司の命令を拒絶すべき義務があるというべきであるから、問題とならないと言うべきである。
4 以上によれば、仮に公務員の個人責任を否定する過去の判例の立場を是認するとしても、本件は右判例の射程外の異常な事案と言うべきであるから、被告個人らは、民法七〇九条に基づき、本件盗聴によって原告らに生じた損害を賠償すべき責任があると解すべきである。
六 原告の反論に対する被告個人らの認否
全て争う。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
第一 外形的事実関係
争いのない事実及び証拠を総合すると、本件事案の外形的経緯として、以下の事実を認めることができる(証拠を掲げた部分以外は、当事者間に争いがない。)。
一 当事者等
1 原告靖夫は、日本共産党中央委員会幹部会委員・国際部長として、日本共産党の国際関係の事務を掌理しているものであって、東京都町田市玉川学園八丁目一八番二二号所在の自宅において、妻である原告周子、実母原告サワらとともに生活している。(原告靖夫本人、原告周子本人など)
2 被告国は、国家公安委員会の下に警察庁を置き、これを管理運営し、かつ都道府県警察に所属する警視正以上の階級にある警察官の俸給その他の給与並びに警衛及び警備に要する費用等を負担するものである。(警察法四条一項、五条二項、一五条、三七条一項)
3 普通地方公共団体である被告県は、神奈川県警察を置き、神奈川県公安委員会の下に、これを管理運営するものである。(警察法三六条一項、三八条一項、同条三項)
4 被告個人ら及び訴外戊山は、昭和六〇年六月から翌年一一月までの間、いずれも神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の警察官(地方警察職員)であって、警備情報の収集の職務に従事し、日本共産党関係の情報収集を担当していたものである。(被告らは、「日本共産党関係の情報収集を担当していた」との点について認否をしないから、明らかに争わないものとして、これを自白したものとみなす。)
なお、被告個人らの昭和六一年一一月当時の階級は、被告甲野は巡査部長、同乙川は巡査、同丙沢及び同丁海は警部補であった。
二 本件盗聴の状況
1 昭和六一年一一月二七日ころ、本件アパート前の電柱(電柱番号グランド南支二一)上の端子函内において、「ユ―五」に属する一〇〇本の電話回線の中から、原告ら方電話回線が取り出されたうえ、同じ端子函内にある「ユ―四」に属する一〇〇本の電話回線の中から、本件アパートに繋がる電話回線(ユ―四―四)が取り出され、右両回線を接続する工作が施されていた。
更に、本件アパート内においても、同室内の電話回線に工作が加えられるとともに、新たにコンセントを設置する等の工作が施され、これによって、同室内において原告方通話を傍受できる状態が作出されていた。(甲一、二、七ないし一〇、二一、三一、証人勝村斉昭、原告靖夫本人、証拠保全裁判所による検証の結果、当裁判所による検証の結果)
2 本件アパートは、昭和六〇年六月一六日付で、丁海春夫の名義で、連帯保証人を己田六郎名義として賃借されたものであるが(甲一、一三、弁論の全趣旨)、右契約については、被告丁海の長男である訴外丁海春夫の住民票並びに神奈川県警の元警察官である訴外己田名義の保証承諾書及び住民票が提出され(甲三四の一ないし三、弁論の全趣旨)、また、訴外己田の住民票の交付を受けるために海老名市役所に提出された住民票関係交付申請書の申請人欄には、「秦野市東田原200〜28」、「甲野一郎」と被告甲野の住所及び氏名が記載されている(甲一二)。
3 本件アパートの家賃・共益費の支払い及び同室にかかる公共料金の振替は、東京都民銀行の丁海春夫名義の普通預金口座(口座番号〇三七四八二〇)を利用して行われた。(甲一四の一ないし一三、弁論の全趣旨)
三 本件盗聴の発覚とその後の刑事手続の経緯
1 原告靖夫は、昭和六一年一〇月中旬ころ、通話中雑音の混入等があることに気づき、盗聴されているのではないかと危惧し、日本共産党の盗聴事件担当者に調査させたところ、同年一一月一四日になって、本件アパート付近で原告ら方回線に、線路の分岐、異物の取り付け等の異常があることが分かり、右回線に盗聴工作が施され、本件アパート内等で盗聴されている可能性があると推測するに至った。
そこで、自らはできるだけ電話の使用を控える一方NTT町田電報電話局に対して調査を依頼し、その結果、同月二七日、本件アパート前の端子函及び配線盤で異常が確認され、本件盗聴が発覚した。(甲一、証人勝村斉昭、原告靖夫本人)
2 原告靖夫は、翌二八日、東京地方検察庁に対し、本件盗聴について、氏名不詳者を被疑者、罪名を偽計業務妨害、有線電気通信法違反及び電気通信事業法違反として、書面による告訴・告発をしつ、更に、昭和六二年六月一〇日に公務員職権濫用罪でも追加告訴をした。
右告訴・告発に対し、東京地方検察庁検察官岩村修弐は、昭和六二年八月四日、被告甲野及び同乙川について、電気通信事業法違反の犯罪(盗聴未遂罪)につき起訴猶予の、その余の犯罪並びに被疑者につき、嫌疑不十分ないし嫌疑なしを理由とする各不起訴裁定を行った。
同検察官が、被告甲野及び同乙川を、電気通信事業法違反につき起訴猶予処分とした理由は、①被疑者らに私欲・個人的動機がないこと、②責任者ではない組織の末端の者だけを起訴するのは酷であること、③警察当局の責任者が相応の懲戒処分と再発防止策を誓約していることの三点であった。(甲一五の六、弁論の全趣旨)
3 右不起訴処分を不服とする原告靖夫は、同年八月一〇日、東京地方裁判所に付審判請求を、同年九月八日、東京第一検察審査会に審査申立てを各行った。
(一) 付審判請求に対する東京地方裁判所刑事第一一部の昭和六三年三月七日付決定(昭和六二年つ第九号)及び東京高等裁判所第五刑事部の昭和六三年八月三日付抗告審決定(昭和六三年く第六二号)は、いずれも、本件盗聴が、①未遂ではなく既遂と推認できること、②職務として他の警察官と共謀のうえ行った組織的犯行であること、を各認定したうえ、③「電気通信事業法一〇四条所定の通信の秘密を侵す違法な行為で…法治国家として看過することのできない問題」(東京地裁決定)ないしは「電気通信事業法一〇四条に該当し、同条によって処断されるべきである」(東京高裁決定)と判断した。
ただし、両決定とも、付審判請求及び抗告自体については、公務員職権濫用罪には該当しないという理由により、いずれも棄却の結論であった。(甲一、二)
(二) 東京第一検察審査会の昭和六三年四月二〇日付議決(同月二七日議決書作成)は、検察官の前記不起訴裁定に対し、被告甲野、同乙川及び同丁海の電気通信事業法違反について不起訴不当と結論した。
4 東京第一検察審査会の前記議決により、東京地方検察庁検察官検事樋渡利秋は、被告甲野、同乙川及び同丁海の電気通信事業法違反について再度捜査を尽くすべき義務を負ったが、昭和六三年一二月一四日、被告甲野及び同乙川につき起訴猶予、同丁海につき嫌疑不十分を理由に再び不起訴処分を行った。(甲五、弁論の全趣旨)
第二 被告個人らの関与の有無
右認定事実を前提として、以下、被告個人らの本件盗聴への関与の事実が認められるか否かについて判断する。
一 被告甲野及び同乙川について
1 前記認定のとおり、被告甲野及び同乙川については、本件訴訟に先立つ刑事手続において、東京地方検察庁検察官によって電気通信事業法違反につき起訴猶予の処分がなされ、更に、付審判請求事件における東京地方裁判所及び東京高等裁判所の各決定においても、同人らが、原告方通話を職務上の行為として、継続的もしくは断続的に盗聴しようとした事実は十分に推認することができる旨が判示されている。
この点、被告県及び被告個人らは、起訴猶予処分や付審判手続における決定は、当裁判所とは別個の行政機関ないし裁判所が下した処分ないし決定に過ぎないから、当裁判所が右決定に拘束されるものではなく、また、右処分や決定には何ら証拠の標目が挙げられていないことを根拠に、証拠資料として見た場合においても重視されるべきでない旨を主張しているので、以下、右の点につき検討する。
2 確かに、本件訴訟は、先行する刑事手続とは別個独立の司法手続であり、当裁判所の判断が前記処分ないし決定に拘束されるものでないから、本件訴訟において、実行犯であると指弾された被告個人ら及びその所属する地方公共団体である被告県が、右処分ないし決定に反する事実を主張し、かつ、積極的に反証活動を行っていくことは何ら妨げられず、更には、右反証活動の成果によって、当裁判所が右処分ないし決定に相違する事実認定を行うことも十分にあり得るところである。
しかし、被告甲野については、本件アパートの賃貸借契約締結に際し利用されたものとされる同被告作成名義の住民票関係交付申請書(甲一二)が自分の筆跡ではないこと及び本件アパート内の遺留指紋(甲三〇)がいずれも同被告の指紋とは一致しないことを、被告乙川については、本件アパートの家賃及び公共料金の支払いに利用された東京都民銀行の預金口座に関し、同銀行宛に提出された各種書類(甲一四の一ないし一三)が自己の筆跡でないこと及び本件アパート内の遺留指紋(甲三〇)がいずれも自己の指紋と一致しないことをそれぞれ反証すべきであるのに、これらについて何ら反証活動をしていないことに鑑みると、刑事事件における前記処分ないし決定の証拠価値を低く評価することはできない。
右処分ないし決定は、刑事手続を担当した検察官・裁判官らが刑事記録を精査した上の判断であり、まして、本件においては、右検察官の判断内容と付審判手続における裁判所の判断内容とが、「被告甲野及び同乙川の関与の有無」という点においては完全に一致していることからすれば、右処分ないし決定に証拠と判断結果との結びつきが明示されていないことを考慮しても、その証拠価値は極めて高いというべきである。
3 ところで、被告県及び被告個人らは、被告乙川が、同被告本人尋問において、自己の本件盗聴への関与を全面的に否定する内容の供述を行っていることを強調し、被告乙川の本件盗聴への関与を否定すべきであると主張しているが、同被告の右尋問における供述内容を検討するに、右供述は、合理的な理由を示さない単純な否認を繰り返すほかは、主として一貫した供述拒否の態度を示しており、右供述拒否の理由についても「個人的なことなので答えたくない」等の不合理な説明がなされるのみで、自らの不関与を積極的に供述しようとする態度は全く窺われず、単なる形式的否認であって、むしろ自らの置かれている立場からやむなく抗争的態度をとっているに過ぎないものと見るのが相当であるから、右供述の否認部分について到底信用することはできないものというべきである。
4 右に加えて、本件盗聴が真実被告個人らによる犯行でないのであれば、本件盗聴事件の告訴・告発を受けて、真先に現場に赴き、捜査を開始した町田署が、同被告らの犯行でなく、第三者の犯行であることを示す何らかの証拠を入手しているはずであると考えられるのに、本件訴訟において、いずれの被告からも、そのような証拠が提出されていない(できない)こと自体、被告甲野及び同乙川の関与を消極的ながら推認せしめるものである。
5 以上によれば、本件訴訟における事実認定としても、被告甲野及び同乙川が本件盗聴に積極的に関与した事実を十分に認めることができる。
二 被告丙沢について
1 被告丙沢の本件盗聴への関与を疑わせる事実としては、被告丙沢が、本件当時、被告甲野及び同乙川と同一の部署に勤務しており、警備情報の収集に従事し、日本共産党関係の情報収集を担当していたとの事実が認められるほか、本件訴訟に先行する刑事手続において、付審判請求の審理を担当した東京地方裁判所の裁判官らが、本件アパート内の遺留指紋(甲三〇)中に被告丙沢の指紋が含まれている旨を認識していた事実(甲一四〇)を挙げることができる。
しかしながら、右事実をもって、被告丙沢が本件アパートに立ち入った事実は推認できるにしても、右を越えて、被告丙沢が、被告甲野及び同乙川と共謀の上、本件盗聴に積極的に関与した事実までを推認することには躊躇を感じざるを得ない。
2 そして、被告丙沢については、前記付審判請求における東京地裁決定においても「被疑者乙川らの右行為に何らかの形で関与した疑いが強いものの、その態様、程度等の詳細はいずれも不明であり、直接盗聴行為を行った、あるいは盗聴について被疑者乙川らと共謀したとするには証拠が不十分と言わざるを得ない。」旨が判示されていること(甲一)、及び、東京第一検察審査会においても「不起訴相当」との議決がなされていること(甲三)をも考え合わせるならば、被告丙沢が、被告本人尋問への出頭を拒否し、本件訴訟における事案解明に非協力的な態度を示している事情を最大限考慮しても(一般的には、かかる応訴態度をもって、弁論の全趣旨による不利益認定を行うべきところであるが、本件においては、被告丙沢のみが他の個人被告と離れた訴訟活動を行える状況にないことを斟酌しなければならない。)、被告丙沢の本件盗聴への関与の事実を認めるに足る証拠はないものと結論するのが相当である。
三 被告丁海について
1 前記認定事実及び証拠(甲一三、五二の一ないし六)を総合すれば、被告丁海と本件盗聴とを結び付ける事実として、
(一) 被告丁海が、本件当時、被告甲野及び同乙川と同一の部署(神奈川県警察本部警備部公安第一課)に勤務しており、警備情報の収集に従事し、日本共産党関係の情報収集を担当していたとの事実
(二) 本件アパートの賃借名義人が被告丁海の長男である訴外丁海春夫であったこと
(三) 横浜銀行横浜市庁出張所の被告丁海名義の普通預金口座(口座番号七〇八二二三)の届出印の印影と、本件アパートの賃貸借契約書上の「丁海」名下の印影とが酷似している事実
を各認めることができる。
2 以上の事実に加え、被告丁海及び訴外丁海春夫が当裁判所の再三の出頭要請に応じず、被告本人尋問・証人尋問を拒否しているという事情を弁論の全趣旨として考慮すれば、被告丁海が本件盗聴行為自体に関与した事実については、これを認める直接証拠がないものの(原告らは、本件アパートにC製の電気製品及びC健康保険組合のカレンダーが残置されていた事実並びに訴外丁海春夫が株式会社Cの社員であることを根拠に、被告丁海が本件アパート内への立ち入った事実をも認めることができる旨を主張するが、本件には、同じくC社員である訴外己田の関与も強く疑われることからすれば直ちに右のように断ずることはできないものと考えられる。)、本件盗聴活動の拠点たる本件アパートの賃貸借契約締結段階においては、これに深く関与し、主導的に行動していた事実を十分に推認することができると言うべきである。
四 以上のとおり被告甲野及び同乙川が本件盗聴実行に関与した事実及び被告丁海が本件盗聴の拠点である本件アパートの賃貸借契約締結に関与した事実はこれを認めることができる。
第三 被告らの責任について
一 被告県の責任
ここで、被告甲野、同乙川及び同丁海ら(以下、右三名を「被告甲野ら」と総称することがある。)の各行為が、神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の警察官としての職務行為であったと認められるか否か(同人ら間の共謀の成否の問題を含む)について検討する。
1 前記第一において認定した事実のほか、争いのない事実及び証拠によれば、
(一) 神奈川県警察本部警備部公安第一課の所掌事務の中には、日本共産党関係の情報収集が含まれ、原告靖夫が当時同党国際部長の職にあり、同党の国際関係の情報を入手できる立場にあったこと(原告靖夫、弁論の全趣旨)
(二) 昭和六〇年六月から翌六一年三月一三日までの間、神奈川県警察本部警備部公安第一課長の地位にあって、被告甲野らの上司であった訴外山内實(以下「訴外山内」という。)は、職務として、同課職員の勤務評定や出勤・欠勤の査定を行っており、日頃から同課職員の行動に関する報告を受けていたこと(証人山内實、弁論の全趣旨)
(三) 情報収集活動を末端の警察官が独断で行うということはあり得ないこと(証人松崎彬彦)
(四) 本件アパートの賃貸借契約書によれば、同室の賃借期間は昭和六〇年七月一日から昭和六二年六月末までの二か年間、賃料は月額四万九〇〇〇円、敷金・礼金は各九万八〇〇〇円(合計一九万六〇〇〇円)とされていること(甲一三)
(五) 訴外山内の後任として、昭和六一年三月一四日から翌年三月一八日までの間、神奈川県警察本部警備部公安第一課長の地位にあった訴外庚村七郎は、被告甲野及び同乙川が起訴猶予処分とされた昭和六二年八月四日、神奈川県警察本部長により「訓戒」処分とされたこと
の各事実を認めることができる。
2 以上を総合すれば、被告甲野ら各自の分担行為の細部についてはなお不明確な点が残るものの、被告甲野らの各行為が個人的動機に基づく独自の行動であったと見ることは到底できないものと言うべきであって、同人らによる本件盗聴行為は、神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の警察官としての「共産党国際部長である原告靖夫の通話内容の盗聴」という目的に向けた組織的な行動の一環であったものと推認するのが相当であり、被告甲野ら三名の間において右目的に向けた意思の連絡(共謀)が成立していたことについては疑い得ないところである。
そして、神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の警察官三名が右のような組織的行動に加担していたことからすれば、当時の神奈川県警察本部警備部公安第一課長であった訴外山内及び訴外庚村が、被告甲野らに対し、本件盗聴に関する指揮、命令ないし承認を行っていた事実は当然に推認され、本件盗聴行為は、まさに神奈川県警察本部警備部公安第一課の職務として行われたものと認めるのが相当である。
3 これに対し、被告県及び被告個人らは、「神奈川県警察が被告個人らに対し、本件盗聴を指示した事実はない」旨を主張し、証人山内實、同松崎彬彦及び被告乙川本人の供述のうち被告らの右主張に沿う部分を援用する。しかしながら、右各供述は、いずれも被告甲野ら三名の本件盗聴への関与の事実自体を否定するためのもので、客観的事実と符号しないばかりでなく、同人らの供述態度全般から見ても、殊更に神奈川県警察の事件への関与を否定しようとしている作為的態度が窺われ、右部分についての供述はいずれも信用できないものと言うべきである。
4 なお、本件盗聴が現下の犯罪発生のおそれを前提としない一般的な警備情報収集活動として行われたことは弁論の全趣旨により明らかであるが、そのような形での盗聴が、国家賠償法上、違法と評価されることについては、論を待たないところである。
5 ところで、原告らは、「警備警察の特殊性から、都道府県警察の行う警備情報収集活動は被告国の事務に該当するものと解すべきである」旨を主張している。右は、被告国の責任根拠として主張されているものであることは言うまでもないが、被告県の責任に関する適条にも関連する問題であるので、便宜上、ここで検討しておくことにする。
(一) この点に関する原告らの主張は、要するに、各都道府県警察の警備部門は、事実上、その所属する都道府県警察の指揮・命令系統から離れて、直接、警察庁から指揮・命令を受けることとされているから、各都道府県警察の警備部門に属する警察官が職務として行った警備情報収集活動は、国すなわち警察庁の職務として理解されるべきである、というものである。
(二) しかしながら、都道府県警察の事務は原則として都道府県の事務であると解すべきであり(最判昭和五四年七月一〇日・民集三三巻五号四八一頁)、かく解する以上、国の事務と都道府県の事務とを区別し、かつ、国家公務員と地方公務員とを峻別して別個の指揮・命令系統に属さしめている現行法制においては、仮に、原告ら主張のように、警察庁から都道府県警察の警備部門への直接の指揮・命令の事実が認められるとしても、検察官が自己の捜査活動の補助のために都道府県警察職員を指揮・命令する場合のように法令上の根拠を有する場合とは異なり、職務として都道府県警察の職員がなした行為は、あくまで自らが属する都道府県警察の職務としての性質を失うものではない。本件においても、神奈川県警察の職員である被告甲野らの本件盗聴行為は、法規上の特別の根拠がない以上、神奈川県警察の職務、すなわち被告県の職務として実行されたものと解するのが相当である。
6 以上によれば、被告県の公権力の行使に当る公務員である被告甲野らが、被告県の職務の執行として、故意により、違法に、原告らに損害を加えた事実を認めることができるから、被告県は、国家賠償法一条一項に基づき、本件盗聴によって原告らが被った後記損害について、これを賠償すべき責任がある。
二 被告国の責任
次に、神奈川県警察本部長、神奈川県警察警備部長ないし警察庁職員が、本件盗聴に関与した事実が認められるか否かについて検討する。
1 第一において認定した事実のほか、争いのない事実及び証拠を総合すれば、以下のような事実を認めることができる(証拠を掲げた部分以外は当事者間に争いがない)。
(一) 警察庁警備局は、警察庁の所掌事務のうち警備警察に関することを所掌事務とし(警察法二四条一号)、同局内に設置された各課(公安第一課、公安第二課、公安第三課、外事第一課、外事第二課)に警備情報の収集、整理、その他警備情報に関することを分掌せしめている(警察庁組織令一四条、一五条の一ないし三、一七条の一、二)。
(二) 警察庁警備局発行の「警備法令の研究」(昭和三九年三月付)は、警備情報収集の対象として日本共産党を位置づけており、同書には、「日本共産党が、マルクス・レーニン主義を基礎とし、独自な国家観に基づき、暴力的革命の必要を是認し、このことを前提とする多様な闘争を積極的に推進していることは周知のとおりであり、警察庁としても国会答弁においてくりかえし明瞭に、このような性格を有する日本共産党を視察する必要がある旨表明しているところである」、「日本共産党がマルクス・レーニン主義に基づく独自の世界観、国家観から完全に脱却しない以上は(完全に脱却した団体が果して「日本共産党」といえるかは疑問であるが)、いかに戦術上の修正(極端な場合議会で多数を得るという戦術のみしかとらないと内外に明らかにしたとしても)が行われようとも情報活動の必要性は客観的に認められざるを得ないであろう。」との叙述がある。(甲二六)
(三) 警察庁警備局編集・発行の「共産主義運動と警察の立場」(昭和四〇年一〇月一五日発行)には、「共産党の活動を常時視察しなければ、警察として、警察が国民から与えられた責務を全うすることができない」との記述がある。(甲二三)
(四) また、前記「警備法令の研究」には、警備情報収集活動の定型的な手段方法として、「尾行、張込み」、「集会への立入り」、「写真撮影」、「秘聴器の使用」、「協力者の協力」及び「身分偽変」が挙げられている。(甲二六)
(五) 警察庁は、昭和五二年から昭和五四年にかけて、警備情報収集に功績のあった神奈川県警察警備部公安第一課に対し、表彰(警察庁警備局公安第一課長賞、関東管区警察局公安部表彰など)を行った。(甲六四の一ないし五)
(六) 昭和五三年から昭和五七年にかけて、以下のとおり、歴代の警察庁長官は「日本共産党の動向に留意せよ」との趣旨の訓示を行った。(甲八一、一〇一、一〇三、一〇四、弁論の全趣旨)
(1) 昭和五三年六月二日 山本鎮彦長官 全国警察本部長会議
(2) 昭和五五年五月六日 山本鎮彦長官 全国警備関係部課長会議
(3) 昭和五六年六月一二日 三井脩長官 全国警備関係部課長会議
(4) 昭和五七年六月四日 三井脩長官 全国警備関係部課長会議
(七) 昭和六二年度版及び平成四年度版の警察白書(警察庁編)にも、「公安の維持」の項目の下に日本共産党関係の情報分析が記述されている。(甲七九、八〇)
(八) 本件盗聴発覚後、昭和六二年六月から七月にかけて、神奈川県警察本部中山好雄本部長の辞任、同吉原丈司警備部長の総務庁青少年対策本部への転出、警察庁三島健二郎警備局長の辞任、同小田垣祥一郎公安第一課長の警察共済組合への転出、同公安第一課堀貞行警視正の科学警察研究所への転出という人事異動が行われた。
右人事異動に関しては、警察庁大堀警務局長から法務省岡村刑事局長の照会に答える形で、「一連の人事は、神奈川県警の警察官が電気通信事業法違反として東京地検に取調べを受けるという遺憾な事態が生じたことを踏まえて、できるだけ早い機会に関係部門の人事を刷新し人心を一新する」ためのものであるとの文書が法務省刑事局長宛に提出された。(甲一五の六、弁論の全趣旨)
(九) 本件盗聴事件以外にも、日本共産党の関係者が何者かによる電話盗聴の被害にあった事例が、全国各地に多数例存在する。(甲一〇〇、一一五)
(一〇) 訴外株式会社リオンの元従業員丸竹洋三(以下「訴外丸竹」という。)は、昭和三二年ころ、無線盗聴器として使用可能なワイヤレス送受信機の設計、製品化に従事した。
訴外丸竹は、当時、右ワイヤレス送受信機の注文主について、上司から「警察庁である」旨を聞かされており、製品納入後は、東京都中野区所在の警察庁警察大学校内の「さくら寮」なる建物に赴き、製品の故障修理等を行った。(甲一三一、証人丸竹洋三)
(一一) 過去に共産党関係者宅等に設置された無線盗聴器の中には、訴外丸竹が設計・製作したワイヤレス送受信機と同一の物が含まれていた。(甲一三一、一三八、証人丸竹洋三)
2 また、本件盗聴行為自体の客観的特徴として、
(一) 被告甲野らは神奈川県警察職員であるにもかかわらず、東京都町田市(警視庁管内)で本件盗聴を実行していること
(二) 昭和六〇年七月から昭和六一年一一月までの一年五か月間、少なくとも三名の警察官が関与し、かつ、相当額の費用が支出されたものと推認される大がかりなものであったこと
(三) 原告ら方電話回線を端子函内の電話線ケーブルから取り出して、それを本件アパートへ繋がる電話回線に接続するという方法によって行われたものであり、このような方法を採るためには、右端子函内において原告ら方回線を特定することができなければならないはずであるが、本件アパート前の電柱(電柱番号グランド南支二一)上の端子函内には合計二〇〇本の電話回線があり、かつ、原告らの自宅前の電柱(電柱番号グランド南支二三左五)とはケーブルの色分けも異なっているため、実行者において、電話線ケーブルの色分け等について特殊専門的知識を有する場合か、NTT町田局の保管する部外秘の「線番対照簿」を参照できた場合のほかは、右回線の特定は非常に困難であると考えられること(甲三九、四〇、証人勝村斉昭)
の各事実を認めることができる。
3 右1において認定した事実によれば、警察庁が、昭和二九年の警察法施行以来現在に至るまで、一貫して日本共産党を警備情報収集の対象と位置づけており、全国の都道府県警察に対し、日本共産党関係の情報収集に関する一般的な指示を行い、かつ各都道府県警察の収集した同党関係の情報のうち重要なものについては、警察庁の担当局課において報告を受け、同課において右情報の整理・分析に当たっていた事実を推認することができる(なお、証人堀貞行及び証人三島健二郎の各証言中には、右一般的な指示・報告の存在をも否定するかのごとき部分があるが、前記認定事実に照らし信用することができない。)。
そして、右一般的指示・報告の事実に加え、前記2において認定した本件盗聴の客観的特徴及び前記1(八)記載の警察内部の実質的引責人事の経緯を考慮するならば、本件盗聴について、少なくとも警察庁警備局の職員(警察庁警備局長、同警備局公安第一課長、同課理事官堀貞行)ないしは神奈川県警察幹部職員(同県警察本部長、同警備部長)において具体的内容を知り得る立場にあったこと自体は否定できないところである。
4 更に、前記2において認定した本件盗聴の客観的特徴、特に、期間・人員・費用の各点において相当程度大がかりな事案であり、準備活動もかなり活発に行われたであろうと推認されることに照らせば、少なくとも、直属の上司である神奈川県警察本部警備部長(昭和六〇年六月から翌年八月一七日までは訴外松崎彬彦であることは当事者間に争いがない)において、本件盗聴を事前に察知し、適正な監督措置によって被害の発生を未然に防止すべき義務が認められることは疑い得ないところであり、訴外松崎彬彦(以下「訴外松崎」という。)の右義務違反と原告らの本件盗聴による損害とは相当な因果関係があるものと言うべきである。
5 よって、被告国は、国家賠償法一条一項、三条一項に基づき、一般職の国家公務員である訴外松崎(同人が一般職の国家公務員であり、被告国が同人の俸給その他の給与を負担するものであったことについては当事者間に争いがない)の前記過失行為に起因する原告らの後記損害について賠償すべき責任があるものと解するのが相当である。
6 なお、警察法三七条一項七号が、都道府県警察の経費のうち、「警衛及び警備に要する経費」を国庫負担と定めていることから、被告国が国家賠償法三条一項にいう費用負担者として、本件盗聴行為の責任を負うことについて付言する。
(一) この点、被告国は、国家賠償法三条一項について、報償責任に基づく規定であるとの解釈を採り、いわゆる費用負担者が公務員の選任監督権者と並んで責任を負うのは、費用負担の対象となる事務について、費用負担者が実質的な支配権を有するような場合に限られるべきであり、本件は右場合に該たらない旨を主張する。
(二) しかし、警備警察に関する事項が警察庁の所轄事務であって、それについて、警察庁長官が都道府県警察に対する一般的指揮監督権限を有していること(警察法一六条二項)に鑑みれば、被告国が報償責任を負うことを否定すべき積極的理由はない。
そのうえ、国家賠償法三条一項が、公務員の選任監督権者と並んで、費用負担者をも賠償責任主体と定めている趣旨は、公務員法制の複雑さに鑑み、被告を誤った場合の不利益を被害者に負わせないとする救済規定的役割にあると解すべきところ、本件で問題となる警備警察に関する事項は、警察庁警備局の所掌事務である(警察法二四条)と同時に、都道府県警察の所掌事務ともされている(警察法三六条二項、二条)事項であって、右分野に属する職務の執行につき警察官による不法行為がなされた場合、被害者の目からは、それが都道府県警察職員によるものなのか、警察庁職員によるものなのかが一見して明らかでない事案が多いことは容易に想起されるから、まさに、本件のような場合こそが、同項が適用されるべき典型的事例であると考えることができる。
(三) 以上によれば、被告国は、神奈川県警察の警備に要する費用を負担するものであるとの理由によっても、国家賠償法一条一項、三条一項により、本件盗聴行為によって生じた原告らの損害を賠償すべき責任がある。
三 被告甲野らの責任
1 原告らは、現職警察官による盗聴行為という本件事案の異常性を強調するとともに、本件盗聴行為によってもたらされた原告らの被害感情の重大性、将来の違法行為の再発を抑制する必要性等を論じ、結論として、本件事案においては、加害公務員である被告甲野らに直接の損害賠償請求を認めるべきである旨を主張するので、以下、この点について検討する。
2 本件盗聴行為は、電気通信事業法一〇四条所定の通信の秘密を侵す違法な行為に該当するものと見ることができるから、法を遵守すべき立場にある現職の警察官が犯罪にも該当すべき違法行為を行ったという点だけを見ても、本件盗聴行為の違法性は極めて重大である。
更に、本件は、行為者である被告甲野らにおいて、自らの行為が違法であることを当初より十分認識しつつ、なおかつ、敢えて公務として盗聴行為に及んだものと認められる事案であり、このことは、職務に熱心なあまり、違法な職務行為を適法と誤信して、結果として違法な職務執行がなされてしまったような場合との比較において、際立った特殊性を有するものである。
形式的に見れば、被告甲野らによる本件盗聴行為が民法七〇九条所定の要件を充たすこと自体は明らかであるところ、前述のような本件事案の特殊性・重大性に徴するとき、命令に従って職務として行動したものと推認できるとは言え、違法な行為と知りつつ、現に本件盗聴を実行したことが明らかな被告甲野らについて、その個人としての責任を否定すべき積極的理由は見出し難いところであると言わなければならない。
3 この点、被告甲野らは、公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は地方公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないものと解すべきであるから、本件において、仮に原告ら主張にかかる事実が存在したとしても、被告個人らは賠償の責を負わないと解すべき旨を主張し、右論旨に沿うかのような最高裁判所の判例(昭和五三年一〇月二〇日・民集三二巻七号一三六七頁)を引用する。
そこで、右被告甲野らの主張について検討するに、本件盗聴行為がまさに被告県の職務として実行されたものであることについては同被告ら主張のとおりであるが、他方、本件盗聴は当初より違法であることが明白な行為であって、かかる行為についてまで、形式的に公務に該当することを理由に、公務としての特別の配慮を加えるべき理由が存するのかどうかについては強い疑問を感じざるを得ないところである。
思うに、公務は、私的業務とは際立った特殊性を有するものであり、その特殊性ゆえに、民事不法行為法の適用が原則として否定されるべきものであると解されるが、右の理は、本件のごとく、公務としての特段の保護を何ら必要としないほど明白に違法な公務で、かつ、行為時に行為者自身がその違法性を認識していたような事案については該当しないものと解するのが相当である。このように解しても、公務員の個人責任が認められる事案は、行為の違法性が重大で、かつ行為者がその違法性を認識している場合に限られるのであるから、損害賠償義務の発生を恐れるがゆえに公務員が公務の執行を躊躇するといったような弊害は何ら発生するおそれがないことは言うまでもなく、かえって、将来の違法な公務執行の抑制の見地からは望ましい効果が生じることさえ期待できるところである。(また、本件訴訟において、被告個人らは、当裁判所が被告個人ら全員について本人尋問を採用したにもかかわらず、既に神奈川県警察を退職した被告乙川を除き、いずれも正当な理由なく期日に出頭せず、本人尋問に出頭した被告乙川についても、正当な理由を示さない供述拒否と形式的否認の態度に終結したものであるが、被告個人らが、右のように本件事案の真相解明に協力しないとの姿勢に終始することができたのは、同被告らが、事実認定の結果いかんにかかわらず、自分たちが損害賠償責任を問われることはないとの前提に立っていたためであることは疑い得ないところであり、本件事案のごとく、加害公務員が当初から自らの違法性を認識していたような場合において、かかる不誠実な応訴態度を是認するがごとき法解釈が相当とは言えないことも、また論を待たないところであると考える。)
なお、被告個人ら引用の判例は、加害者たる公務員個人が行為当初より自己の行為の違法性を認識しつつ行動していたものではないという点において本件とは実質的に事案を異にするものであって、前示理由に照らし、本件事案が右判例の射程外の事案であることは明らかと言うべきであるから、何ら前記の結論を左右するものではない。
4 以上によれば、被告甲野らは、民法七〇九条、七一九条に基づき、本件盗聴行為による原告らの後記損害について、被告国及び同県と連帯して賠償すべき責任があるものと解するのが相当である。
第四 不起訴処分についての被告国の責任
原告靖夫は、国家公務員である検察官らの裁量権を逸脱した本件不起訴処分により精神的損害を被った旨を主張するので、右主張の当否につき検討する。
一 思うに、検察官の公訴権の行使は国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであり、右権限行使の結果、被害者等が何らかの利益を受けることがあったとしても、右利益はもとより法律により保護された利益ないし法的保護に値する利益ではなく、反射的に生ずる事実上の利益に過ぎないものと解するのが相当である(最判平成二年二月二〇日・判例時報一三八〇号九四頁)。
被害者等において、検察官の不起訴処分に不服のあるときには、その検察官の属する検察庁の所在地を管轄する検察審査会にその処分の当否の申立をすることができる(検察審査会法三〇条)が、このような手続きが設けられている以上、被害者等の不起訴処分に対する不服申立は右手続を通じてのみ行われるべきであって、更に、不起訴処分に対する不服として、その損害賠償を民事裁判に求めることは、法の全く予定しないところであると言わなければならない。
二 以上によれば、原告靖夫は、本件不起訴処分によって法律上保護された利益ないし法的保護に値する利益の侵害を受けたものとは認められないから、同原告の損害の発生はないと言うべきである。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件不起訴処分についての検察官の裁量権逸脱を理由とする同原告の請求は失当である。
第五 本件盗聴による原告らの損害の程度
一 本件盗聴による実害の有無
1 この点につき、被告県及び被告個人らは、本件全証拠によっても、原告ら自宅の電話による通話内容が、本件アパートにおいて、現実に盗聴されていたことは証明されていない旨を述べ、原告らには何ら実害が生じていないと主張している。
しかしながら、そもそも、本件において、原告ら方回線の通話内容が盗聴可能な状態にあったことは前記第一において認定したとおりであり、かかる状態にあること自体によって、原告らの通信の秘密、プライバシーの権利や政治的活動の自由が侵害され、原告らに多大な精神的損害が生じることは否定できないところであるから、仮に、通話内容の盗聴が実現していなかった(ないし、その立証が不十分である)としても、右は、単に実害がなくてすんだということを意味するに過ぎず、現に盗聴可能状態にあることをもって原告らには慰謝料請求権が発生するものと解するのが相当である。
2 更に、「実害」(現実に通話内容が盗聴された事実)の有無について検討すると、本件アパートの賃借期間の長さに加え、同室内に二台のカセットテープレコーダーとともに、使用後消去された形跡のある一〇数本のカセットテープが残置されていたこと(甲一、八、一三七、一三九)に鑑みると、被告甲野ら全員(他に共同実行者がいれば、その者も含む)の共同行為として見れば、通話内容の聴取自体には成功していたものと推認すべきであり、右推認を覆すに足る証拠は見当たらない。
なお、被告県は、右賃借期間(昭和六〇年七月から翌年一一月)のうち、現実に盗聴が行われていた日時が不明である旨を主張するが、前記の証拠に照らせば、右賃借期間中に現実の盗聴が行われていたことは疑いのないところであり、更に右具体的日時を特定すべき理由はないから、被告県の右主張は失当と言うべきである。
3 以上のとおり、本件盗聴によって原告らに盗聴の実害が発生していた事実を認めることができるから、このことは、原告らの慰謝料額算定に当たっても十分考慮されなければならない。
二 慰謝料額について
1 本件は、現職の警察官が「盗聴」という犯罪にも該当すべき行為に関与した事案である。
そもそも、通信の秘密、プライバシーの権利及び政治活動の自由は憲法によって保障された重要な人権であり、それが法を遵守すべき公務員である警察官によって侵害されたということ自体、極めて重大な問題を孕んでおり、その違法性・責任の重大さは、原告らの慰謝料額の算定においても十分に考慮されなければならない。
2 原告靖夫は、本件当時、日本共産党国際部長の地位にあったものであるから、自宅電話を通じて同党関係者との通話を行っていた事実を容易に推察することができる。
右通話内容がいかなるものであったかは判然としないうえ、本件盗聴期間中に、同人が現実にどの程度の情報を得ていたものであるかについては何ら立証がなく、本件盗聴による具体的実害の程度を知ることはできないが、本件盗聴の動機が同人の右通話内容を傍受することにあったこと自体は明らかであると言うべきであり(甲一一一、一一三、原告靖夫本人、弁論の全趣旨)、盗聴の標的とされた同党国際部長の職にある同人の精神的苦痛は十分に斟酌されなければならない。
3 また、原告周子についても、同人が専業主婦として自宅電話を最も頻繁に使用する立場にあったこと、新日本婦人の会なる地域の婦人団体に属しており、同会の活動のために自宅電話を使用することがあったこと等の事情(甲一一一、原告周子本人)は、本件盗聴による同人の精神的苦痛を判断する上で十分に斟酌されねばならないものと考えられる。
4 以上に加え、被告甲野らを始めとする警察関係者から原告らに対する慰謝の措置が何ら講じられていないことや、原告らの職業・年齢等、諸般の事情を総合的に考慮すると、原告らが被った精神的損害に対する慰謝料としては、原告靖夫につき一〇〇万円、同周子につき五〇万円、同サワにつき三〇万円を各認めるのが相当である。
三 積極損害
証拠(甲一一〇の一ないし五、一三〇、原告靖夫本人)によれば、本件盗聴の結果、原告靖夫が、架設電話設置等の費用として七万六一七五円の支出を余儀なくされた事実を認めることができる。右支出は、本件盗聴と相当因果関係を有する積極損害である。
四 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起及び遂行を委任したことが認められるところ、本件事案の難易度、係属期間、口頭弁論の回数等、諸般の事情を考慮すると、弁護士費用のうち本件盗聴と相当因果関係を有するものの範囲は、認容額の一割程度(原告靖夫につき一一万円、同周子につき五万円、同サワにつき三万円)と認めるのが相当である。
第六 結論
以上によれば、原告らの請求のうち、被告国、同県及び同甲野らに対する請求は、
1 原告靖夫につき金一一八万六一七五円
2 同周子につき金五五万円
3 同サワにつき各金三三万円
4 各原告に対して、右各金員に対する昭和六一年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金
の各支払いを求める限度で理由があるからいずれも認容し、被告国、同県及び同甲野らに対するその余の請求並びに被告丙沢に対する請求については理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱の宣言につき同条三項(なお、被告甲野らについては仮執行免脱宣言の申立がないが、職権により右宣言を付すこととする)をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官澤田三知夫 裁判官村田鋭治 裁判官早田尚貴)